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独立都市リヴィラ ep.1 迷い込んだ子供

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 そのままひくひくと少女は泣き出す。イツキは戸惑いながらも、あやすように彼女の頭をなで続ける。

「……ひっ……っユリ、ウスがっ……」

 泣きながら、ルシエラはイツキに訴える。

「一人でっ……奥にっ……」

 泣いた興奮が残る、とぎれとぎれの言葉だったが、イツキには彼女の言葉が伝わった。

「森の奥に行ったのか?」

 イツキの言葉に、ルシエラがうなずく。

 この森の奥に進めば高めの崖がある。しかも、木々が覆い茂っているせいで、気づかずに足を踏み外す可能性もあった。

「……分かった、あいつを迎えに行ってくるから、ルシエラはここで待っててくれるか?」

「……かえって、くる?」

 不安そうにルシエラはイツキに見つめた。

「あぁ。必ず」

 彼女の不安を取り除くために、はっきりとイツキは告げる。それで安心したのか、ルシエラは淡く笑った。

 頭を軽くなでてから立ち上がり、イツキは森の奥へと走り出した。





 隣接する木の枝たちが複雑に絡み合い、葉の一つ一つが視界を遮る。こういう時にだけ、無駄に高い背丈が煩わしい。イツキは逸る心を抑えながら、森の中を進でいく。

「ユリウスー!」

 イツキの呼び声はそのまま森の中へと消えていった。あたりを丹念に見ていくが、目に映るのは草木ばかり。

「どこまで進んだんだ、一体」

 内心の苛立ちを隠せずにイツキは叫んだ。

 この森はそこかしこに段差になっている箇所がある。中には非常に高く崖のようになっている場所もあり、草木に囲われて見えなくなっているそれに足を滑らせて、大怪我を負う危険もあった。

あれから時間もずいぶん経ち、あたりは薄暗い。森自体の暗さも合わさって、数歩先からは何があるのか見えないほどの闇が広がりつつあった。

「ユリウス……」

 彼の鋭い目がイツキの脳裏に映し出された。そういえばまだ二人の子供らしい表情をほとんど見ていない気がする。

 その時、先の方で枝が大きな音を立てて裂けていく音が聞こえた。はじけるようにイツキはその方角へ顔を向ける。その瞬間、少年の悲鳴と共に、木の枝が地面へと叩きつけられた音が響き渡った。

「ユリウス!」

 急いでイツキはその場所へと走った。イツキを行く道をふっと途切れた。たたらを踏んで立ち止まれば、深い崖が足下に広がっている。その上から下を見れば、小さいユリウスの姿が見えた。 

 幹から折れたのであろう太い木の枝に片足が挟まったようで、身動きが取れずにいる。挟まっていないもう片方の足で必死にもがくが、びくともしない。

 それでもユリウスはなんとかぬけだそうと体をひねる。

「ユリウス!」

 イツキが少年の名を叫ぶ。ばっと勢いよく彼がこちらを見るのが暗がりの中から分かる。

 ユリウスの動きが止まる。動けない彼にイツキは叫ぶ。

「待ってろ! 今そこに行くから、」

「来るな!」

 はっと思い出したかのように、ユリウスはイツキの言葉を遮るように拒絶の言葉を発した。その瞳が、射抜くようにイツキをにらみつける。

「来るな……! おれのことなんか……放っておけよ!」

 激しい空気の揺れが、イツキの鼓膜を揺らしていく。

「いいから……はやくどっか行」

「うるさい!」

 さらに言い募ろうとするユリウスの言葉を、イツキの怒鳴り声が遮った。

「いいから無理に動こうとするな!」

 戸惑うユリウスをよそに、イツキは降りる道を見つけてさっと崖を降りて行く。呆然とそれを見ていたユリウスは、その場から逃げ出そうとするが、枝にはさまれた足はそう簡単に動かない。その間に、イツキは彼の元へとたどり着いた。

 イツキはユリウスにそっと近づいて、目の前で膝を折る。ユリウスはひっと小さな悲鳴をあげた。

「……別になにもしねえから落ち着けよ」

 ユリウスの頭を優しく撫でてから、イツキは立ち上がった。その様子をユリウスは信じられないような目で見つめている。

「いいか、変に動こうとするなよ。今こいつをどかしてやるから」

 イツキはそう言うと、ユリウスの足の上にある太い枝に手をつけた。慎重に持ち上げようとするが、太い枝の重量は相当なものだ。

「……っ」

 徐々に枝が持ち上がっていく。イツキの持つ側だけ持ち上がるので、斜めに上がっていく。

 普段、鍛錬を怠っているつもりはないが、一人で枝を持ち上げるというのはなかなかに骨が折れる。こんな調子ではだめだなと、自嘲じみた笑いが漏れた。

 枝が持ち上がり、地面との間に隙間ができあがる。

「……はや、く、出ろ……!」

 腕に力を入れたまま、イツキはユリウスに言う。ユリウスは言われたとおり枝の下からのそのそと這いだした。

 ユリウスが完全に抜け出したのを見て、イツキは枝を地に落とした。ドスンと音がする。 

 イツキは少し息を整えてから、ユリウスを抱き起こした。

「大丈夫か? ほかに怪我は?」

 言いつつ怪我の有無を確認する。草がクッションになったのか、そこまでひどい外傷は見当たらない。緊急に手当が必要な状態ではなさそうで、イツキはほっと胸をなで下ろした。

「…………なんで、たす、けた」

 ユリウスは体をふるわせながら、イツキに問いかける。

「お前みたいな子供を、助けないわけがないだろうが」

「おれは、……半獣人なんだ!」

 ユリウスの目が潤んでいく。涙が流れないように、必死で押しとどめようとしているように、イツキには見えた。

「半獣人がどうなろうなんて…………あんたに、関係ないだろ!」

「ユリウス……」

 イツキが彼の顔をのぞきこもうとするよりも先に、ユリウスは力いっぱいにイツキの体を押した。そのまま反動で後ろへと下がる。

 体が痛むのか、それとも、心が痛むのか。ユリウスは顔をゆがめた。

「もうおれたちを……これ以上……」

 期待させないでほしい。

 音が森に吸い込まれる。だが目の前にいるイツキには、唇の動きがよく見えた。

「ユリウス!」

 イツキが彼のもとへ向かうために足を踏み出そうとしたとき、唐突に彼の名を呼ぶ声が二人の間に突き刺さった。

「ルシエラ!?」

 声のした場所――すなわち崖の上を見て、ユリウスが驚きの声を上げた。もちろん、驚いているのはイツキも同様だった。

 崖の上にいる少女、ルシエラは体を震わせながらそこに立ち続けている。

「ルシエラ、なんで来た!」

「ご、ごめんね、ユリウス……。声が聞こえたから、どうしても心配で……」

 ユリウスの言葉に答えるため、おどおどとルシエラは崖の淵へと近寄る。足下の石がカラカラと音を立てて、下に落ちていった。

「ルシエラ、危ないからそこから離れろ!」

「え、あ、きゃあっ」

 イツキが彼女に警告を発したが、それが一寸ばかり遅かった。

 暗く足下が見えていなかったのか、ルシエラはそのまま地面のない場所へ足を踏み出してしまった。

「ルシエラ!」

 ユリウスの悲鳴が耳を打つその前に、イツキの足が地面を蹴った。真っ直ぐに、崖の下、少女が落ちるその場所にイツキは駆け寄る。