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独立都市リヴィラ ep.1 迷い込んだ子供

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 二人は必死で走り続けていた。

 そこはもうリヴィラの町並みを通りぬけ、深い緑が目に飛び込む森の中だったが、二人はいつそこに入ったのかも気づけぬほど必死で走り続けていた。

 がさがさと葉っぱの上を走り抜ける音と共に、声が聞こえる。

(なんだ、この耳。きもちわるい)

 幻聴だ、それはわかっている。それでも過去に投げつけられたその言葉に、ユリウスは唇を噛む。

 帽子の中身を知った人間は、いつもそうだった。

 半獣人は禁忌だと。不吉だと、冷ややかな目を向ける。時には石を投げられる。半獣人だと知って近づいてくる奴らは、売り物として、利用しようとする者ばかり。

 自分たちを守ってくれる存在は、この世にいない。

 一番近くにいた母親は自分たちのことを「化け物」と言った。

(こんな化け物は私の子じゃない。私はこんな子供産みたくなかった!)

 やつれた母の言葉は幼い二人にとって、鋭利な刃物だった。

「っ、あ」

「ルシエラ!」

 ルシエラが木の根に足を取られて体のバランスを崩し、その場に倒れる。スカートから見える足に一筋の赤い血が流れた。

 彼女を気遣わずに走ってきてしまった。ユリウスはそのことを後悔しながら、妹の容態を確認するためにしゃがみこむ。

「大丈夫か?」

「うん……。ごめんね、ユリウス……」

 怪我をしたのは自分なのに、ユリウスを気遣うルシエラの言葉に彼は自分を殴りつけたくなる。

 元はといえば全部自分が引き起こしたことなのだ。

 少なくともあそこで余計なことをしなければ、逃げずにすんだのに。

 あの警備隊の男は自分たちに危害を加えたりしなかった。もし、あそこで帽子が外れなければ……。

 そこまで考えて、それを振り払うようにユリウスはかぶりをふる。

 あの男が無害だとどうして言えよう。どうせあそこでバレていなくとも、いつかはわかったことだ。隠し通すことはできない。そして、自分たちの正体を知れば、彼はきっと危害を加えてくるに違いない。

「……あ、あのね、ユリウス、わたしまだ走れるから、」

 黙り込んでしまったユリウスを心配して、ルシエラが声をあげる。ユリウスはその言葉にはっとなった。

 こんな調子では駄目だ。自分がしっかりしなければ。

「無理するな、ルシエラ。そんなすぐ逃げる必要もないから……」

 逃げるにしても、どこか目的地があるわけでもない。街からかなり離れただろう今、急ぐ必要もない。

「しばらくここで休んでろ。足怪我してるんだから無理するな」

「……ユリウスは?」

 兄の物言いにルシエラは眉を寄せて、首を傾げる。

「おれはちょっと食べれるもの探してくるからさ。しばらくここにいろよ」

 彼女を安心させるように、ユリウスはあえて笑顔で言う。ルシエラは何か言いたそうに口を開くが、やがて諦めたのかそっと口を閉じた。怪我をした自分が行っても足手まといになると思ったのだろう。

「じゃあ行ってくるから」

「うん……。……ねぇユリウス」

 呼び止める彼女の声にユリウスはそっと振り返る。

「もう、戻れないかなぁ……」

 ルシエラはさきほどまで走っていた道へ視線を送る。その向こうにはリヴィラの街が広がっているはずだ。

 しかし、ユリウスには彼女が言っているのは街ではなく、あの長身の男のことだろうと分かる。事情も話さず、黙っていただけの自分たちに優しく接してくれた人。

 彼が自分たちの扱いに苦労していたのは分かっていた。それでもなんとかして、自分たちに接しようとしてくれていたことも。

「……無理だよ」

「……うん」

「もう……バレた」

「……うん」

 それでも、戻るという選択肢だけはない。

 二人が逃げてきた今までにも、優しい人はいたのだ。それでも、自分たちが半獣人だと知ったとたん、みな態度を変えた。そうなってしまえばもう、逃げるほかない。

「ここから動くなよ、ルシエラ」

「うん……。気をつけてね、ユリウス」

 少女の言葉に頷いてから、少年は森の奥深くへと入っていった。





 ◆



 

「……あいつらどこまで行ったんだ!」

 あの後、自分が何かしてしまったのかと動揺するフールをなんとかなだめ、イツキは彼らの後を追いかけた。

 すぐに姿が見えなくなってしまっていたが、あたりの人に訊いたり、あえて人気のないところを進んだりして、なんとか森の入り口で子供二人の足跡を見つけることができた。

 その森は普段住人がよく出入りする場所ではあったが、それでも子供だけでは危険が多い場所でもある。

 イツキは幼い二人の顔を思いだし、思わず舌打ちをする。

 あの二人がおびえているのにずっと気づいていながら、その理由にまで思考がいっていなかった。彼らが危険にさらされていればそれは自分の責任だ。

「ユリウス! ルシエラ!」

 イツキはできる限りの大声で二人の名前を叫んだ。返事があるとは思っていない。それでも名を呼ばずにはいられなかった。

 名を呼びながら森の中を走る。すると、近くでがさりと音がなった。

 その音にイツキは足を止める。

 音のしたほうに目をやると、木の幹から長いスカートがはみ出していた。

「ルシエラ?」

 イツキはその木に近寄った。

 あわてた様子で、彼女はさっと木の後ろへと隠れてしまう。イツキはそれを追いかけて木の裏側に回り込んだ。

 木の根本、そこで小さくうずくまる形でルシエラはじっとうつむいていた。

「よかった、無事だったか」

 ほっとして、イツキはルシエラに近づく。彼女の肩がびくりと動くが、逃げようとはしなかった。

 イツキはさらに彼女の元へと近づく。

 ルシエラは逃げない。

「……足怪我してるな。ちょっと待ってろ」

 彼女の足に赤い一筋があるのを見て、イツキは怪我の具合を見るためにその場にしゃがみ込んだ。少し擦っただけのようだが、早めに消毒したほうがいいだろう。

「立てるか?」

 イツキの言葉にルシエラは小さく頷く。

「ユリウスはどこに行った? はやく……」

「なん……で……」

 質問を続けるイツキの声を遮るように、ルシエラはか細い声を出した。

 彼女はうつむいて、決してこちらの目を見ようとはしない。

「……なんで……やさしくしてくれるの?」

 絞り出された言葉に、胸が締め付けられる。この子たちが今までどんな環境で生きてきたか、この言葉だけでもそれは想像するに難くない。

 イツキはそっと彼女に手を伸ばす。

「大丈夫だ」

 そのままその手は優しく、ルシエラの頭に触れた。イツキの大きな手と比べれば、彼女の頭はとても小さい。

「俺はそんなことしないし、ほかの誰にもそんなことはさせないさ」

 諭すようなイツキの言葉に、ルシエラはゆっくりと顔を上げた。

「……ホント?」

「あぁ、本当だ」

 優しく、イツキは彼女の頭をなでる。

「……もう、にげなくて……いい?」 

 ルシエラの瞳からポロポロと涙があふれだす。その目を真っ直ぐ見て、イツキはうなずいた。