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独立都市リヴィラ ep.1 迷い込んだ子供

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 とはいえここでそれを直接聞いても失敗するのはわかっている。まずは世間話からだ。世間話、世間話……。

「えっと……あ、そういや双子ってどっちが兄とか姉とかあるのか?」

 いやそれはどうでもいい。口走ってからイツキは自分で自分を殴りたくなった。

「あ……えっと……ユリウスが、お兄ちゃん、です」

 いきなり話しかけられたことに驚きつつも、ルシエラが答えてくれた。イツキはほう、と息を吐く。とりあえず答えてくれただけでも進歩だ。助かった。

「そうか、いいお兄ちゃんだな、ユリウス」

 イツキがそういうとルシエラは嬉しそうに笑った。その横ではユリウスが少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。

「あーじゃあ好きな食べ物とかは?」

 お見合いか。自分の言葉にますます頭を抱えたくなる。だが、おそらくこういう方向から攻めた方がいいのだろう、とイツキは気を取り直しておく。

「え、えっと……キノコ、とか……? 好き、です」

 ルシエラが首を傾げながら言う。まだおびえは残っているが、しっかりと質問に答えてはくれた。女の子はおしゃべりだというから、この子も本来は話をするのが好きな子なのかもしれない。

「キノコか。あーえっとユリウスは?」

 ルシエラににっこりと笑いかけてからユリウスのほうを見る。

「……トマト、とか」

 先ほどの真っ赤な顔で、絞り出すようにユリウスは言う。トマトのような顔でトマトが好きと言う、その様子がおかしくてイツキはくすりと笑う。

 思わずイツキは彼らの頭に手を伸ばす。しかし、その動きに二人はびくりと体をふるわせた。

 二人の反応に、イツキは少し寂しい気持ちになる。なんとか会話できるようになっても彼らはイツキが怖いのだろう。

「なぁ二人とも……」

 イツキはその場に立ち止まって声をかける。二人はおそるおそる、不思議そうにこちらを向いた。

 その様子にイツキは少し苦笑する。

 すっとイツキは膝を折ってその場にしゃがんだ。二人と視線をあわせる。そしてその動き一つ一つに二人は驚いたようにこちらを見ているのがわかった。

「そんなに俺が怖いか?」

 真っ直ぐ彼らの目を見ながらイツキは尋ねる。尋ねた後、なぜそんなことをしてしまったのかと、今日何度目になるかわからない後悔をした。

 おそらく自分たち以外の人すべてを、二人は恐れているのだろう、それは想像できている。それなのに、真っ向から訊いてしまったのはたぶん回りくどいことができない自分の性格のせいだろう。

「…………別に……今のあんたは怖くない……」

 やってしまったと苦悩するイツキに答えたのは、ユリウスだった。まだ体はこわばっているが、しっかりとこちらを向いている。

「でも、……いつ……怖くなるかわからない……」

 ユリウスが続けた言葉に、ルシエラもうなずいた。

 その様子を見て、イツキはふっと笑う。必死に気持ちを伝えてきた子供たちを、イツキは始めて好ましいと思った。

「そうか、……ならいいかな」

 イツキはそう言って立ち上がった。二人はそれを不思議そうに見つめる。

「今はそれで十分だ。……ホントは細かい事情聞き出すまでが仕事だけどな。それは俺が信頼できると思えてからでいい」

 二人はイツキの顔をまじまじと見つめてから、互いを伺うように顔を見る。イツキはその様子を微笑ましく見つめていた。

「あら、イツキちゃん?」

 イツキたちが道で立ち止まっていると、年輩の女性に声をかけられた。 

 その声の方を振り向けば、そこにはイツキよりはるかに小さな女性が、買い物かごを下げてこちらへ向かってくる。少し肩幅は広いがどちらかといえばころころした、という形容が似合いそうなかわいらしいおばさん、といった感じだろうか。

「フールさん、こんにちは、ご機嫌いかがですか?」

「元気よ〜。イツキちゃんはどう? あ、ジーンは迷惑かけたりしなかった? あの子ったらいきなり帰ってくるから……」

 フールという名の女性はまくしたてるようにイツキに言葉をぶつける。彼女はジーンの母親で、イツキとも交流が深い人物だ。

 変わらない彼女の様子にイツキは苦笑する。

「元気ですよ。ジーンも真面目にやってますから」

「あらそう? もう帰ってくるなりだらだらしてるのよね、ほんと心配だわぁ。ところでイツキちゃんそのかわいいお子さんたちはどうしたの?」

 話し続けるフールの視線は、イツキの後ろに隠れるようになってしまっている二人に向けられた。当人である二人は突然の出来事に驚いたのか、呆然としてしまっている。

「あぁ、俺が保護してる子供たちです。ユリウス、ルシエラ、この人はこの道の角で洋服店をしているフールさん」

「よろしくねぇ」

 満面の笑みを二人に向けるフールに、さすがの二人もおどおどしながら軽く会釈を返した。にらみつけるだのおびえるだのしていたイツキの初対面とはえらい違いだ。四人の子供を育て上げた女性に子供の扱いでかなうわけがない、ということなのだろうか。

「あら、お洋服が少しほつれてるわね」

 フールはすっとルシエラに近寄り、ケープの裾をそっとつかんだ。たしかに何かでひっかけたようなほつれが見える。

「あ、あの……」

「あぁ大丈夫大丈夫。これぐらいならすぐ直せるわ」

 戸惑うルシエラをよそに、フールはさらに彼女に詰め寄った。この年代の女性特有の大胆な行動を止めることなど、イツキには不可能だ。口すら挟めないままに話は進んでいく。彼女にも悪気がなく、純粋な好意なのだから無理に割って入るのもはばかられた。

「さぁさぁ、せっかくだからうちに寄ってきなよ。これぐらいサービスでなおしてあげるからさ」

「え、あ、あの……」

「……っ、ちょっと待てよっ!」

 ルシエラの手を引き、歩きだそうとしたフールを遮ろうと、ユリウスが飛び出した。その衝撃でぱさりと彼の帽子が落ちる。

 

 古ぼけた茶色の帽子。

 使い古され、くたびれきったその帽子の下には銀に輝くくせ毛の髪ととがった獣の耳があった。



「あ……」

 誰からもれた声だろうか。

 それが判断できないほどに、彼らは驚きに身を固めていた。

 この世界で獣の特徴を持つ人は、獣人か、半獣人のみ。

 体の一部にのみ獣の特徴を持つのは、半獣人だ。

「ユリウス……」

 イツキが問いかけるその前に、ユリウスはルシエラの手をつかみ、その場から一気に駆けだした。

「おい、ユリウス! ルシエラ!」

 イツキははっとして名前を呼ぶが、それで彼らの足が止まることはない。ほんの少しの間に、二人はイツキの視界から姿を消している。

 その場には、少年が身につけていた帽子だけが残った。