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もののけロース
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横濱夕闇タウンガイド -岩亀楼の喜遊-

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 少女の出で立ちは竹と同じく、あまりガラのよくない類のパーカー姿だったが、性別の違いを差っ引いても、印象は格段にやわらかい。全く化粧をしていないのか肌は健康的な肌色で、真っ金々に波打つ髪を一つにまとめて、華奢な肩の前へ垂らしていた。

 この少女が、竹にミンさんと呼ばれていた相手なのか。何らかの立場において竹より目上のようだが、いったいどういう存在なのだろうか。

 ピンク色の唇が開く。

「お名前は?」

「あ、私」

目を合わせたまま問われ、きよ子は戸惑う。

「すみません、武藤きよ子です」

古臭くて、あまり言いたくない名前だった。

 きよちゃんか、と言いながら、ミンは竹を見る。

「そしたら、オレちょっとこの子案内してくるから。竹ありがとね」

「はい」

さっきと同じ礼をして、じゃあね、ときよ子に言って、竹はさっさと歩いていった。果たして、きよ子の会釈は目に入っただろか。

 ミンは、女性の声優が少年役を演じている時のような独特の声で、きよ子に問いかける。

「竹ちゃん怖かったっしょ」

「あ、いえ――そんな」

「うっそだー、あいつデケーもん」

あはは、と笑いながら、ミンは煙草を取り出す。

「なんのお話してたの?」

「えっと……」

パチンコ屋の看板を見る。

「エヴァンゲリオンのこと、とか」

「ぶは」

煙を吹きだしてミンは笑った。

「そっかー。あいつ大人しい子向けの話題探すのヘタだな、あはは」

指先でフィルターを弾き、灰を落としながらミンは馬鹿笑いする。

 この反応を見るに、やはり竹は気を使ってくれていたようだ。鈍い反応しかできなかったことが少し申し訳なかった。

 ミンはまた煙草をひと吸いして、ふっと短く吐き出し、あらためてきよ子を見る。

「どこでアズマのこと知ったの?」

「え」

「あいつ看板出してるわけじゃないしさ。君みたいのが訪ねてくるって、けっこう珍しいと思うんだけど。なんかインターネットとかで流れてんの?」

「あ、いえ」

あっけらかんとしたミンの口調から僅かな威圧を感じ取り、きよ子は咄嗟に萎縮する。

「学校の噂で……警察の手に負えないこと、何でも相談できる人がいるって」

「うっわ」

マジか、とミンは眉をひそめる。

「そんな伝わり方してんだ。カワイソー」

「違う――んですか?」

「うーん」

何ともいえない唸り方をしてから、ミンは煙草を持ったまま、五番街の方へと歩きだす。

「いいや。ついて来て」

「あ、はい」

慌てて背中を追いかける。

 ミンは細長い脚でゆっくりと歩きながら、振り返りもせずに話しかけてくる。

「オレ、黄明昌ね。みんなミンって言うからミンでいいけど」

「ホァン……ミン、ツァン?」

「ミンツァンさん、って語呂悪いじゃん。だからミン。ミンさんなら言いやすいっしょ」

「はあ」

「さっきの竹はね、うちの部下なんだ。だいたいの仕事はあいつにまとめてもらってんの。つえーし、アタマいいし」

「部下?」

それに仕事。会社か何かだろうか。

 橋を渡りきり、右側の道へ入ったところで、ミンは立ち止まって振り返る。

「あー、そうだ」言いづらそうに。「あのさ、アズマ女の子嫌いだから、そこだけ気をつけてね。ヤなこと言われるかもしんないけど、言い返して機嫌損ねないほうがいいよ」

「はあ」

「そんなに悪い奴じゃないからさ。そこだけ誤解しないでやって」

「はい――」

というか、さっきから気になっていたのだけれど。

「あの、ミンさんって男の人なんですか」

「オレ? そうだけど、言わなかったっけ」

ミンは首を傾げる。

 そういうこともあるのだろう。

 きよ子は何とか平静を保ち、失礼なことを聞いてすみませんでした、と頭を下げる。

 許す、と笑ってミンは歩きだした。

「あっちのゲーセンでさ、いっつもテトリスやってんだよ、アズマ。携帯でもできるのにバカみたいと思わない?」

「はあ」

「こっちね」

ミンは相鉄線改札前のくすんだ通り――五番街に入ってゆき、如何わしい店の看板を指で撫でながら、踊るように身を翻して、古そうなゲームセンターの中へと入ってゆく。

 きよ子も続いて足を踏み入れたが、そこは今まで入ったことのあるような明るいゲームセンターではなく、アミューズメント色のまるで薄い、いかにも吹き溜まりのような空間だった。

 薄暗い屋内に煙草の臭いが充満している。

 母の代には、ゲームセンターなどは不良の行くところと決まっていたそうだが、ここはそうした雰囲気を今まで保ち続けているのかもしれない。騒音が四方八方から絶え間なく襲ってきて、はっきり言えば居心地が悪かった。

 気付くと、自然に手を握られていた。ミンの柔らかい手であった。

「大体いつも上にいるの。ゲームやってるとき電話掛けると怒るからさ。確かめる前に来ちゃった方が早いんだよね。あ、階段気をつけてね」

「はい」

エスコートされるように手を取られ、薄汚れた階段を踏みしめる。

 そうして上がった二階の奥に、それらしい男はいた。

 中央より離れた人気のない一角、壁際にあるテトリスの台に一人かじりついているのは、痩せたハスキー犬がコートを着たような若者だった。薄い眉の下の三白眼をぎょろぎょろと動かしながら、物凄い速さで手元を動かしている。

「誰そいつ」

こちらを一瞥もせず、ゲームをしたまま男は呟いた。どうやらミンに向けられた言葉であるらしい。

 ミンは隣の椅子に腰をかけ、横目でテトリスの画面を見つつ言う。

「きよちゃんていうんだって。アズマに相談あるみたいだから聞いてやって」

「知らねーよ。チンパン・クランで何とかしろ」

「ウータン・クランだっつーの」ミンは持っていた煙草の灰を床に落とす。「ねえ、こっち向くくらいしなよ、失礼じゃん」

「タバコ」

「はいはい」

ミンは吸いかけの煙草をアズマの口にくわえさせる。

 間接キスだ。どうしたらいいか分からないで突っ立ったままのきよ子は、ぼんやりとそれだけを思った。

 口の端から煙を垂れ流しながら、アズマは言い放つ。

「話聞けつっても俺さ、女キライなんだよね」

「うーわ、また始まった」

ミンが椅子に両手をついて口をとがらせるのを無視し、アズマはずけずけと続ける。

「だってお前、女なんて男に飼われることばっか考えてんじゃねーかよ。付き合うときも相手の仕事とか年収とか気にして、そのわりに偉そーでよ。勘違いした家畜かっつーの」

「や、そんな女ばっかじゃねーって――」ミンはきよ子の方を見る。「いつも言ってんだけど」

「そんな女ばっかだよ」

アズマは乱暴な口調で言い切った。

「養われるならとことん媚びて、媚びるのが嫌なら一人で生きるか、さもなきゃテメーが野郎を養っちまおうって、そういう覚悟っつーかプライドのある女なんてお前、今の時代にいやしねーんだよ」

「んなことないってば」

ミンは短くなった煙草をアズマの口から取り上げ、一口吸ってから灰皿で押しつぶす。

「ごめんねきよちゃん。アズマんちって、ガキの頃にお袋さんがさ――」