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25.ごちそう(11/30) :灰と白


 魔力は尽きた。
 腕も満足に上がらない。
 そんな状態の私を見下ろしながら男は、久々のご馳走だ、とささやいた。
「…ごちそう?」
 正直、興味なんてなかった。
 ただ、私には時間が必要だった。
 魔力を回復させ、この場を逃げ出すだけの時間が…
「ん?聞きたい?」
 果たして、彼は乗ってきた。
「これだけ派手にバトルして、建物だってあんた自身だってそんなにボロボロになってんのに、真正面からあんたの懇親の攻撃まで受けたくせにこんなにピンピンしてる俺が、まさかただの人間だなんて思ってるわけないよね?」
 男がぐるりと辺りを見渡す。
 もともと廃墟に近かった私のすみかは、瓦礫の山と言った方が正しいぐらいに壊れ果ててしまった。
 屋根はもはや意味をなしてはおらず、壁に大きく空いた穴からは満月が顔を出している。
 そして、その破壊行為のほとんどは私の魔法によってなされたものだった。
 その中で崩れるようにして座り込んでいる私の身体も、建物と同じぐらい傷だらけなのに、男だけは平然と、服にホコリが付いた程度の被害だけでニヤリと笑って立っている。
 その八重歯がぎらりと光るのを見て、私ははっと気がついた。
「まさか…!」
「その考えは半分だけ当たりかなー」
 男がいたずらっぽくそう答える。
「俺、半分は人間だからさ」
「ヴァンパイアハーフ…!?」
「それそれ。親父が吸血鬼で母さんが普通の人間」
 これはもしかしたらチャンスかもしれない。そう思って私は話題を振る。
「お、お前は半分人間の身でありながら人間の血を吸っているのか!」
「あんた話聞いてなかった? 久々だって言ってんじゃん」
 はんっ、と男は鼻で笑う。
「俺だって抵抗あるよ。幸い、昔は自分がハーフだなんて知らなかったから人間の食事で育ったし、血を吸わなくったってそれで十分生きてける。だから普段人間は喰わねぇ。それにな、そもそも俺は人間を食料扱いしてないんだよ。人間の血はほとんど喰ったことないんだ」
「な、ならなぜ…」
「あんたは自分を人間だと思ってるようだがな。吸血鬼の世界だと魔法使いと人間は別物なんだよ、知ってた?」
「な…」
 男は私に歩み寄ると腰を落として私の目を正面から見つめる。
 私は後ずさろうとして、ただ後ろの壁に強く背中を押し付けた。
「魔力を含んだ血ってのはそうじゃない血とは味が違うんだって。人間を基本とすると、白魔術師の血は苦くて黒魔術師の血は甘いらしい。あんたの魔法は系統としては黒魔術だ、そうだろ?」
 すっ、と手が私の顔に触れる。
 顔を背けようとして、そこで初めて身体がこれっぽっちも動かなくなっていることに気づいた。
「えっ!?」
「俺がハーフだと思って油断したな」
 男が一段と笑みを深める。
「俺の親父は始祖のヴァンパイアだ。当然その力を受け継いでいる俺の視線には魅了効果がある。俺と目が合ってる間はあんたは動けないんだよ」
「くっ…」
 もう少し、あとほんの少し魔力が溜まれば…
「あぁ、もう一つ受け継いでる…っていうか俺固有の能力があってな。俺が人間を喰わないのはそのせいもあるんだけど…俺さ、喰った相手が特殊能力とか持ってたりするとその能力を自分のものに出来るんだよ。ただ血を吸えばいいわけじゃなくて、相手が死ぬくらい…まぁつまりしっかり喰わないと駄目なんだけど。で、俺は普通の人間の能力なんかもらっても嬉しくない。あんたみたいな特別な魔法使いの能力が欲しいわけだ。あんたの魔法、面白そうだったもん」
「…」
「ま、そんなわけで、美味しく頂いたあとはあんたの魔法だけ俺の中で生かしといてやるから。よろしく」
「そんな戯言…!」
「ふーん…急に反抗的なことを言い出すってことはそろそろ魔力も溜まった?」
「!!」
 読まれていた、その衝撃に思わず目を見開いた。
「俺が気づいてないとでも? 話に付き合ってやってたのは、魔力が溜まってたほうが美味いからだよ。で、このあと俺があんたの首に噛み付いて目がそれてるときを狙って逃げるつもりかな。そう上手くいけばいいけどね。じゃ、いただきまーす」
 直後、自由になった身体に鋭い痛みが走った。