爪つむ女
和江は思い切るようにベランダへのドアの前に立つと、シャーっとカーテンを開け、ガラス戸を滑らせて外へ出た。
青い空に白い雲がポカリポカリと浮かんでいる。まるで遊覧飛行を楽しんでいるように。
こんなにいいお天気なのに……そう思うと急に悲しくなって、思わず涙がこみあげてきた。
それをぐっと抑えて遠くに目をやる。
三階からの景色は知れてるけど、その中にも色んな人の人生が垣間見える。
ちょっとした空き地で小さな男の子とキャッチボールしているパパ。
彼の顔は明るく、その笑顔には幸福感が満ちみちている。
あの縁側に座ってぼうっと庭を見つめているお爺さんは、もしかしたら痴呆を病んでいるんだろうか。
もしそうだとしたら、もう過去を振り返ることも未来を案ずることもないのだろうか。
細い路地を、自転車の籠に買い物袋を山のように積んで走り抜けたおばさん。
その赤らんだ頬に、家族のために動くことの喜びが浮かんで見える。
あっ! あそこを仲良く腕を組んで歩いているカップルは、2年前の私たちみたいだ。
私たちの未来はまだ分からない。
でも短いけど私たちにも共に歩いてきた過去があり、その中には「愛」を感じた時も少なからずあった。
もちろん喧嘩することも、相手の気持ちが解らなくて気をもんだことも……。
だけど今の私たちはどうなんだろう。
私は雄次をちゃんと愛しているんだろうか。
雄次は私を本当に愛してくれているんだろうか……。
今見えた景色の中の人々も含め、世間の多くの人々だって多かれ少なかれ悩みを抱え、大なり小なり迷いながらも毎日を送っているんだろう。
決して私一人じゃないはずだ。
そう自分に言い聞かせながらも、和江は気持ちが沈んでいくのをどうしようもなかった。
「さあ、片付けでもしよう!」
しばらく流れる雲を目で追い掛けていた和江は、自分の憂鬱な気分に鞭打つつもりでそう言葉を発した。