爪つむ女
その頃和江は、いつの間にか出かけてしまった雄次が、多分パチンコ屋にでも行ったのだろうと思いながら、一緒に暮らし始める少し前のことを思い出していた。
最初の頃、雄次が初めて自分のアパートに和江を招待してくれた時、和江はとても嬉しかった。
男一人の部屋は、ある程度汚れていても仕方ないと思っていたが、雄次は思いのほか綺麗好きで、隅の方は多少埃が溜まっていたりもしたが、十分に綺麗だと評価できた。
和江は特別綺麗好きというほどでもないが、かと言って特別不精でもないので、休日を一緒に過ごしていて、雄次にとっても気楽な存在だったのかもしれない。
毎週のように雄次のアパートを訪ねるが、特に何をするというのでもなく、どこかへ出かけるというわけでもなく、ただ同じ空間を一緒に漂っているという感覚。
一緒にテレビで映画を観たり、時々何気ない会話を交わし、時には昼間でもベッドに入ってお互いを求め合ったり。
そんな何気ない二人共有の時間が楽しく感じられた。
そこには自分以外の者が自分の存在を包んでくれている。あるいは必要としてくれている。そんな感じがあった。
若い頃のように互いに苦しいほどに求め合ったりはしていないが、すぐそばに居ることが自然に思えた。
何度目かの雄次の部屋でのデートの時、たまたま目にした雄次の爪が伸びていて、和江はすぐに爪切りを探した。
「ねぇ爪切りは?」
そう尋ねる和江に、雄次は小引き出しの中から爪切りを出して渡した。
しかしまさか、それが自分の爪をつむためだとは思ってなかったようだ。
「はい、手」
そう言って和江が雄次の手を求めて、初めてそのことに気づいたようだった。
「えっ、俺の爪?」
「そうよ。だって伸びてるじゃない?」
「あぁ、まあな……」
雄次は少し照れながら自分の手を和江の手のひらに載せた。
和江が器用に雄次の爪を順につんでいく。
その手先をじっと雄次が見つめる。
「そんなに見つめたらつみにくいでしょ!」
「そうは言われてもなぁ」
「うふふ…」「あはは…」
二人は自然に笑い合った。
あの頃は楽しかったのに……そう思うと無性に悲しくなった。