初めて将来に失望したとき
私は工場で働きながら、貧しいまま老いて死んで行くのだと思っていた。だが、その見通しは甘かった。工場から追い出されてしまい、それでタクシーの乗務員になった。
その後、六年半が過ぎた。
目黒駅から私の車に身なりのいい或る高齢の女性客が乗車したのは、二週間程前のことだった。
「新高輪プリンスホテルへ呼ばれているの」
「はい。今はグランドプリンスホテル新高輪という名称になっていますが……」
「そうだったかしら。よろしくお願いしますね」
「はい。グランドプリンス新高輪ですね。何かの催しですか?」
「そこの『飛天の間』に、大学のOBが集まるのよ」
「有名人が結婚披露宴をするところですね。ご出身は有名な大学でしょうね」
「慶応よ」
それは、如何にも誇らしげに、明確に述べられた。
作品名:初めて将来に失望したとき 作家名:マナーモード