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キツネのお宿と優しい邪法

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「一日に一度、やつと縄張り争いをするんです」
 今まで何百回と戦ってきましたが、勝てませんでした、と奥歯を噛み締める。
「外の世界では一年に一度。なるほど『契約更新』の査定みたいなもんか」
「はい?」
「いや、こっちの話だ」
 なんでもない、と軽くあしらった瞬間、地響きが起こり地面が大きく揺れだした。
「きました! やつです!」
 叫ぶと同時に一太が立ち上がる。続いて俺も立ち上がった。
「どこだ!」
 話からすると下か? 足元を観察するが、真っ白で何も分からない。
「床が飲み込まれます!」
 一太の声に、え? と聞き返した時には、すでに床が動き出していた。崩れたバランスを立てなおそうと足をあげようとして気付く。
「あ、足が!」
 ずぶずぶと床へ沈み込みながら、いつの間にか出来た巨大な穴に向かって流されていく。 悲鳴をあげる俺に、一太が落ち着いた声を出した。
「大丈夫です! この空間では死ぬことはありません!」
 痛いだけです! と続ける。
「フォローになるか、チキショウ!」
 言い返すと、一太は「それよりも手を!」と体をいっぱいに伸ばして片手を差し出してきた。
「交代の儀をするなら今です! 手をつないでください!」
 足首までしか沈んでいない一太に比べて、何故か俺は膝下まで沈んでしまっている。体重の差か。
「そういえば! 聞いておきたいことがある!」
 差し出された手には応えず、俺は大声で尋ねた。
「なあ、あんた!」
 一太の表情を見逃さないようにジッと見つめる。
「なんで『沢』と聞いて、何も反応しなかったんだ?」
 一瞬浮かんだ一太の表情には、気づかないフリをして続けた。
「サワからは『大切な兄』だと聞いていたんだが」
 その言葉に一太が明るい笑顔を浮かべる。
「サワが生きていたのですか! では早く外に出ないと!」
 更に肩を入れて『一太』がグッと腕を伸ばしてきた。その手には応えず、俺は片手でパンと払った。
「もうひとつ聞きたい。本物の一太はどこにいる?」
 俺の質問に一太を名乗る者は眉間に皺を寄せて不快感を露にした。
「チッ、だが、もうお前を助けにくるものなど誰もおらんぞ!」
 舌打ちのあと『一太』が甲高い笑い声をあげる。目が落ち窪み暗く光り、口が耳元まで裂けたその顔は、一太どころか、もはや人の顔ではなかった。
 しかし。
「今のは、なんかわざとらしいな」
 悪さがバレて開き直った時の子供のような、わざとらしさ。そういう時は大抵、もっと大きな悪さがバレないようにしているものだ。
 それに正体をバラした今も、床の流れは止まっていない。
「なにを! 今すぐ食い殺してくれる!」
 一太を名乗った者が沈みゆく床の中から這い出ようとしている。
「ほら、それだよ。助けがこないなら俺は終わりだ。なのに、なぜ、お前は焦っているんだ? 時間が経つとまずいことでも」
 言いかけて気がついた。今現在、時間と共に変化しつつあるものといえば、この床だ。俺の体も腰ぐらいまでがすでに床の中へと沈んでいる。
「なるほど」
 正解が分かった。
「させるかあああ!」
 化物が腕を振りかぶると、人の腕だったソレが巨大に膨れ上がり、黒くヌラヌラと光る鎌へと変化する。いや、これが元の姿なのだろう。その巨大な鎌が俺の頭目掛けて振り下ろされる!
「一太! 交代しにきたぞ!」
 その前に俺は右手を開いて、流れ続ける床へと打ち付けた。その瞬間、打ち付けた箇所から七色の光が火花のように飛び散って、白い床が粉々に砕けて消える。その下から現れたのは、木目調の床だ。
 フッと戻った重力に身を任せて落下すると、頭上スレスレを化物の鎌が風切り音を立てて通りすぎていった。
「圭太! どうなっておる!」
 突然、キツネ様の叫び声が耳に響いた。声の焦り具合からして、あの白い壁のせいで様子が分からなかったのだろう。
「化物に襲われてる! 一太がどこにいるか分からない!」
 俺は床に着地した後、すぐさま化物とは反対側へ地面を蹴った。一太を探す前に俺が殺されてしまうかもしれない。
 俺が走る間も周りの床や壁、天井の白が次々と砕けて、ログハウスのような木目調の壁が現れていく。
「人間めぇ!」
 悔しそうな化物の声に首だけ振り返ると、化物の周りだけ白い床が残っていてまだ藻掻いている様子だった。
 よし、これならどうにかなるか。
「一太なら最後まで結界に守られておるはずだ。結界の残っている場所を探せ!」
 結界? この砕けていってる白いやつか。これが最後まで残っている場所というと。
「あった!」
 二十歩ほど離れた場所に、牛乳に雫を落としたような王冠型の白い結界が残っている。あそこにいるに違いない。
 全身全霊を込めて地面を蹴って走った! これが最後だ。
「一太の手を取れ! それで交代の儀は完了する!」
 了解!
 グングン距離を詰めていくと、白い結界の中で横になっている一太が見えた。外で俺を襲ったのと同じく、枯れ木のような痛々しい姿で目を閉じている。
 あと少し!
 と思った次の瞬間、ずっこけた。
「こんな時にっ!」
 いや、違う、床が今度は反対側に流れていっている。流れていく先へ目をやると、元の巨大な姿に戻った虫の化物が、巨大な口から闇を覗かせて、床を次々と吸い込んでいた。
 化物が高笑いをあげる。
「人間よ、感謝するぞ。忌々しい結界を解いてくれたことをな! さっきも説明した通り、この空間では死ぬことはない。だから俺様の腹の中で永遠に溶け続けろ」
 死ぬより最低なことを平気で言いやがる。それに。
「大口開けたままでよく喋れるもんだ」
 俺は流れる床に逆らって、力いっぱい走った。唯一の救いは結界のおかげなのか、一太が床の流れには乗ってないことだけだ。
 けど、俺が食われてしまえば、一太も時間の問題だ。チキショウ!
 オリンピック選手もかくやという勢いで両手をブンブン振って、地面を力強く蹴って腿を高くあげる。義務教育で嫌々受けさせられた体育の教えがこんなとこで役に立つとは思わなかった。
 ただ、それでも少しずつ一太との距離が開いていく。このままだとヤバイ!
「キツネェ! なんとかしろぉ!」
 お前、偉そうに『咬み殺す』とかなんか言ってたじゃねえか!
 大声で文句を言うと、俺の目の前、空中に青い火が灯った。
「愚か者。物事には順序というものがあるのだ」
 キツネ様の声がして、青い火が俺の後ろへと滑るように飛んでいく。
「それに、その変化は村の仇であろう。ならば滅ぼす役目は村の人間にある」
「ギギギギ」
 化物の唸り声と同時に床の動きが止まった。目をやると青い火が化物の口に燃え広がって苦しんでいる。
 今のうちだ。
 素早く一太へ近づいて、そのカサカサに乾いた細い手が壊れないように、そっと両手で包み込む。
 その途端、一太を包んでいた白い結界が爆発するように急激に膨れ上がった! 眩しさに目を細めると、後ろから化物の雄叫びが聞こえてきた。
 その音量に顔をしかめながら目をやると、白い光の中で巨大な化物の五体が次々と破裂していく。
「クソ! 五百年もこんな所に封じ込められて、挙句にこんなことで! 人間の分際で! 人間の分際で! 人間の分際でぇぇぇ!」
作品名:キツネのお宿と優しい邪法 作家名:和家