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キツネのお宿と優しい邪法

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「一太ぁ!! 一太ぁ!」
 山頂の闇へ向かい何度も叫ぶけれど、返事はなく、轟音の中へ吸い込まれて消えていく。腰まで土に浸かりながら、手だけでどうにか土をかき分けるけれど、とても前へ進めない。
「一太ぁぁぁあああああ!!」
 肩が外れそうなほど手を伸ばし、渾身の力で叫ぶと、まるで返事でもするかのように巨大な土の闇が覆いかぶさってきた。

* * *




「目を覚ますとキツネ様に助けていただいており、この家で暮らすようになりました」
 サワが赤くした目を引き絞るように眉間に皺を寄せ、歯をギッと噛み締める。泣くのをこらえるその姿に胸が痛んだ。
「山中が悲鳴だらけで声が聞こえなんだ。サワを見つけられたのも運が良かっただけよ」
 それが貴様の時間にすると五百年ほど前のことになる。キツネ様が淡々とした調子で続けた。
「ごひゃっ? ちょ、ちょっと待て!」
 聞き違いじゃないのか。
 思いの他、声が大きくなったが、この際、そんなことを言ってる場合じゃない!
「キツネ様は分からんが、どう見ても、サワは五百歳には見えんぞ!」
 尋ねるとキツネ様はため息をつくように前足でタンと畳を叩いた。
「言ったろう。『貴様の時間にすると』と。この家の中では一年と半年程度しか経っておらぬ」
 なるほど。
「ところで、その畳を叩くのは癖か」
「この家はワシの家よ。家の中にあるものなら大体操れる。人の心でもな」
 キツネがつまらなさそうに答えた。
 それで俺が驚く度にタンタン叩いてるのか。確かに落ち着くが、しかし。
「それなら、有無を言わせず俺に言うことを聞かせればいいんじゃないか」
 その方が早いだろう。
「外に出た途端、正気に戻られては意味がない」
 キツネ様が退屈そうに欠伸を漏らした。『家の中にあるものなら』か。
「それで、なんで、その一年で終わるものがこんなことになったんだ?」
 なんとなく気になっていたことを聞くと、キツネ様が目を細めて、怒りを浮かべた。
「あれは元々、血を贄にする邪法よ。確かに一年で他の者と代われば、山は栄え、少々、贄の命は削れるがさほど大きな災いにはならん」
「代われば? 一年で終わるんじゃないのか」
 軽く尋ねると、サワがまた暗い顔を見せた。その顔を憐れむような目で見た後、キツネ様は口を開いた。
「終わらせる呪言は人の子には唱えられぬ」
 本来、命短しものが使う法ではないのでな、と続ける。
「ってことは、キツネ様なら助けられるんだろ。えーっと」言葉を選んで続ける。「一太にかかったのを解いてやればいいじゃないか」
 俺の言葉にそれまで黙っていたサワが口を開いた。もう目は赤くない。どうやら落ち着いたようだ。
「キツネ様が言うには、術をかけられた者の協力も必要なんだそうです」
 しかも男の人じゃないと無理だそうです、とサワが申し訳なさそうに頭を下げる。
 ああ、それなら納得。
「じゃあ、どうするんだ?」
「なに、簡単なこと。貴様とアレが交代し、然る後に法を解く。交代後は一日だけ役目を果たしてくれれば良い」
 あれ? どこかで聞いた話だ。
「ちょっと待て! それってまるっきりさっきの話と同じじゃねえか!」
 ただ、アレになるのが一太から俺になるだけだ。
 俺が立ち上がろうとする前に、タンと床を叩かれた。
「話は最後まで聞け」
 カッとなった頭が急激に萎えていく。くそ。
「言ったろう。法そのものは、交代を前提とする限り、それほど悪しきものではない」
 法の最中に何者かの邪魔が入ったのだ。キツネ様が苦々しい表情を浮かべる。
「その何者か、って?」
「分からん。だが、次はわしが見ておる。邪魔が入るならばその者を咬み滅ぼしてくれよう」
 なるほど。俺がこれを断れば、キツネ様の力を疑うことになる、か。
「じゃあ、残る問題は?」
「貴様が一年の命を投げ出せるかどうかよ」
 そう言われてもピンとこない。八十歳で死ぬのが七十九歳で死ぬことになる、ということだろう。やっぱりピンとこない。
「別にそれはいいよ」
 なげやりに言うと、それまで黙っていたサワの表情が明るくなった。
「本当でございますか!」
 言い放った直後に、サワはまた暗い顔に戻った。
「しかし、何の所縁も無い方にお願いするわけにも」
「ああ、所縁ならある」
 俺の言葉にキツネ様が目を見はった。澄ました顔ばかりだったけど、こういう表情もするんだな。
「名乗り忘れてたけど、俺の名前は矢田圭太って言うんだ」
 といっても『ヤダ』と音が濁る方だけどな。
「なんとなく他人ごとの気がしないんだよ」

* * *




「とにかく見つかるな。そして追いつかれるな。追いつかれても、またこの家まで引き戻してやれるが、再び麓から登る羽目になるぞ」
 キツネ様の声だけが聞こえる。
 俺はキツネの神様でもなけりゃ、邪法の生贄でもない。動けば動いただけ疲れるから、やり直しになれば、それだけ難しくなる。
 俺は山道をゆっくり静かに登っていった。昨日、見かけた時には気にならなかった花々や草、紅く染まる木々を見て、なんともいえない暗い気持ちになる。
 鳥が飛びかい、獣走りまわる、この山が。
 これが全て、一太の命の代償で育っているのだ。なのに、この山へ人が入ってくることは滅多にない。誰も一太の事になど気づかない。
 俺が前回見つかったのは、山頂で大声を上げたからだとキツネ様に教えられた。ということは、五百年の内で、俺が初めて山頂で声を上げたのだ。
 そんな山に縛り付けられて、今なお一太は命を吸われ続けている。
 一体、何のために? 誰のために?
 三十五年も生きてりゃ、やりきれない話もいくつか耳にしてきたけれど、その中でもこれは群を抜く。今の世と比べること自体が間違っているかもしれないけれど、一太がそうなるよう仕向けたのは、俺と同じ人間だ。
 三時間ほど登っていくと山頂近くまでやってこれた。元々、大きな山ではない。
 そろりそろりと、足音を消しながら歩いていくと自分の呼吸音すらやけに大きく感じた。
 いや、そうじゃない。周りの音が消えているんだ。
「あ」木々の音さえ消えている。眩しい太陽の日差しは変わらないのに、冷たい風が体を撫でていった。
 体がゾクリと震えて、少し足元がふらつく。
 パキリ。ふらついた俺の足が小枝を踏みぬいた。
 小さな、けれど、よく響く音が辺りに広がっていく。今のでバレた! どこからか分からないけれど、一太に気づかれた、ということだけは分かった。
「チキショウ!」
 傾いた地面を蹴って、山を登る。儀式の小屋を探さないと。禍々しい気配から逃げるように俺は山道の脇から茂みの中へと飛び込んだ。道や山頂では視界が開けすぎて見つかりやすい。
「元あった小屋が今、どのような姿になっているかは分からん。だが、法が続いている間は、小屋が崩れることはないはずだ」
 だとしたら、おそらくあそこだ。
 昨日、大声を上げた時、一太は俺が登ってきた側とは反対側に現れた。きっとあちらにあるのだろう。
 立ち止まることなく走り続けた。その間も枝や葉が意思を持ったようにむき出しの腕や頬を切り刻んでいく。
 と、その時。
 !!!!!!!
作品名:キツネのお宿と優しい邪法 作家名:和家