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失われた色彩~ロストパレット~

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そう言うものがあるのは、わかるがそれはただの偶然に過ぎず、そうでなければトリックでしかない。
どちらにせよ、存在する証拠は残らない。

 「貴方が信じていようがいまいが、それは事実なのです。例えば、僕が今こうして人払いの魔法を使っていることとかは根拠になりませんか?」

 そうして疾那はやっと気づいた。
今明らかにおかしなことが起こっている。
何故、誰一人生徒がいないのか、それの異質さに気がついた。
部活で新チームが忙しいかもしれない。
だからと言って教室や廊下までこの階層に誰一人人がいないのはおかしい。

 「異質……だけど根拠にはなり得ないな」

 「これを根拠と見ていただけないのなら、根拠を見せることは不可能でしょうね」

 そう言ってアートはクスクスと笑った。
それを見て疾那は静かに鞄の中に入っているあるものに手を伸ばした。

 「だからと言って、僕に剣技を使うのは違うと思いますよ」

 これも超能力の一部だろうか。
しようと思っていたことを見抜かれて、俺は大人しく定規を手から離した。

 疾那は幼少時から剣技を習っていた。
それは家が道場だったのが理由だ。
疾那はかなりのセンスがあり、中学に上がる頃には道場にいる誰よりも強くなっていた。

 「まあ、信じなければ話が進まないんだろうからとりあえずは信じるよ」

 言葉はしかたなしと言った感じだが、疾那は超能力を信じ始めていた。
目の前で人払いをしているのを確認し思考を読まれた。
それににより、疾那の目の前に気配も音もなく近づいてきたのが最たる理由だ。

 「わかっていただけて幸いです」

 俺の思考を見透かしたようにアートは笑った。

 「で、この世界に何が起こってるって言うんだ?」

 「世界は大きく3つに分けられます。まず今僕たちがいる表世界。この世界はいたって普通の世界です」

 「へえ」

 「そして次が平行異世界。この世界と等しく、平行に違う時間を進む世界です」

 「ほう」

 「最後が裏世界。表世界と平行異世界とは真逆に位置する世界です。その世界で起こることは、=で表世界にも影響が及びます。つまり裏世界で地震が起これば、表世界でも地震が起きるわけです」

 「うん、それで」

 「なんか貴方相手に話していると一人言をいっている気分になりますね」

 苦笑いでアートは言った。疾那は笑わなかった。
これ以上は何を言っても無駄と思ったのかアートは話を続ける。

 「その裏世界を壊そうとたくらんでいるやつらがいるのです」

 「つまり表世界も壊そうとしているわけだ」

 「飲み込みが早くて助かります。じゃあそれを止めるために何をすればいいか、そのひとつ目は平行異世界にいる彩人(あやひと)と協力して、裏世界を守ればいいのです」

 「質問する。彩人ってのはなんだ?」

 「各平行世界に存在するあなたの人格の一部を引き継いだ存在とでもお思いください。貴方であり貴方ではない、そういう適当な解釈で構いません。僕でさえわからないんですから」

 アートはくすくすと笑う。
それに疾那は無愛想に返事をした。
疾那は話を聞いただけである程度事情を把握していた。
特別な感情をいだかない分理解が早いのだろう。

 「そしてもう一つは世界を壊そうとする罪人たちをカラーの力を使い封印することです」

 「罪人とカラーについて説明を頼む」

 「罪人は名の通り、七つの大罪に対応する七つの世界に存在する七人の能力者を指します」

 ちなみにさっき説明した彩人も能力を持っていますよ、と続けた。
能力という単語に疾那は眉を潜めるが、すぐにその感情を圧し殺した。

 「カラーとは……貴方の人格のことを指します」

 「待て、俺の人格だと? それはどういう意味だ」

 「その言葉通りです。貴方は感情と欲が欠落しています。生まれる前に貴方の人格は散らばり、平行異世界を作りました」

 「待てよ……意味がわからない。なんだよ、それじゃあ俺が原因で世界が破壊されるって言うのかよ」

 「まあ極端に言うとそうですね」

 当たり前のことを言うように、アートは答える。
思考を切り替えるために疾那は、顎に手を当て状況整理を始めた。
それでもなかなか情報はまとまらない。
すべての発端が自分ということが、思考を邪魔している。

 だが冷静に考えれば納得がいった。
今まで無感情で無気力で無関心だった自分はそれが理由だと考えれば理解ができる。
そうか、俺はだから今まで……。

 「以上のことを貴方にはしていただきます。拒否権はありません」

 「理解はしてないが、断る理由はないな。わかったお前に協力してやる」

 「ありがとうございます」

 被っていた帽子を取り深々と頭を下げたアート。
疾那は困ったような素振りは見せずに、ただ目的を整理していった。

 「一応聞いておくが俺にも能力のようなものはあるのか?それがあれば一番信用できる」

 アートは、まだ能力について疑っていたのかと静かに笑う。

 「ありますよ、疾風刃来(ストライクブレイド)という能力がね」

 「凄いセンスだな」

 「……お気に召さなかったのなら変えていただいて結構ですよ」

 「別に問題はない」

 「そうですか。能力は取り込んだカラーに応じた能力を使用することができる能力です。例えば赤のカラーを取り込んだのなら、力を増幅させるなどですね」

 「なんとなくはわかった。今それを証明する術はないんだろ?」

 「いえいえ、桜木疾那という人格に対応する能力がありますよ。宙に『空』と書いてみてください」

 言われた通りに疾那は宙に『空』と書いた。
すると文字を中心に光が発生し、そこからある物体が出現した。
それは疾那が愛用している、逆刃刀だった。
なれた握り心地に安心感を覚える疾那。

 「その状態でもう一度同じ文字を書いてみてください。色彩反応(シグナルパレット)が発動します」

 もう一度言われた通りに宙に『空』の文字を書いた。
すると逆刃刀に風の膜が張り付いた。
指先でそれをなぞると、切り傷が作られる。
つまり切れ味を付加したわけだ。

 「これで大体のことは理解いただけましたよね? では早速他の世界に行ってもらいましょうか」

 「はあ? もういくのか。まあ、いいか」

 大人しく俺は住み慣れた世界を旅立った。

†††††††††††††††††

 疾那が目を覚ますとそこは木造の建物の中だった。
自分がベットの上で横になっていることに気づくととりあえず起き上がる。

 「ここは……どの平行異世界だ?」

 疾那がそう思考すると同時に頭にズキリと痛みが走った。
そしてその痛みが何かを思い出したことによる痛みだと気づくのに大した時間はかからなかった。
思い出したのは、この世界の名前。

 「そうか、ここは赤の世界か。七つの大罪の暴力に当てられる世界……か」

 この世界にも疾那の人格の一部がいるからこそ起こった現象だった。
ちなみにこのとき既に疾那は超常現象を完全に信じていた。
猜疑心も疑心もない疾那には目の前の出来事を現実としかとらえられなかったからだ。