失われた色彩~ロストパレット~
「つまらないな」
少年、桜木疾那はそう呟いた。
その足元には、数人の服を着崩した不良と見られる生徒が倒れていた。
「感心皆無」と四字熟語を貼り付けられている疾那は自分から何一つ危害を加えたりはしない。
勝手に同士討ちした、それぐらいにしか目の前の事態を捉えていなかった。
常になんの目的もなく、ただ感情のままに行動していた。
だからこそのつまらないという発言。
本心と言うより本能。
ただ思ったことを口にしたに過ぎなかった。
「さて、帰るか」
疾那は帰路についた。
疾那の朝は早い。
母親を早くに亡くして、父親もほとんど家にいないからご飯を作るためだ。
朝食も昼の弁当も妹の桜木木香(さくらぎ もか)の分まで作るため、自然と朝は6時に起きることになる。
だが疾那はそれを苦に思ったことはなかった。
だからと言って楽しんでいるわけでもない。
ただなにも感じなかった。
それが当たり前なのだから何を気にする、といった具合だ。
「木香、ご飯だぞ。起きろ」
呼ぶが返事はない。
いつも通りの寝坊だ、別段気にすることでもない。
階段を登り二階の木香の部屋に入る。
この距離で呼んだとしても木香は起きない。
やることは決まっている。
「早く起きろ」
掛け布団を思い切り剥ぎ取る。
簡単な行為だが、一番効果的な行為だ。
それで拠り所を無くした木香は目をさました。
「おっはよー、お兄ちゃん」
寝起きとは思えない屈託のないにこやかな笑顔で木香が言った。
疾那はそれに対して「おお」と無愛想に答えるだけだった。
木香は呆れたように、言葉を口にした。
「まったく相変わらずの無愛想だね~。妹として私は悲しいよ」
「そうか、それは残念だったな。早く朝御飯食べるぞ」
「もー、少しは反省してよ!」
と言葉は怒りつつも、表情は笑顔のままだった。
結局木香は疾那のことが好きだ。
それはもちろん兄妹としてであって、それ以上ではない。
「おっ、朝から美味しそうなご飯だねえ~」
「どうも、いただきます」
「いただきまーす!」
と言いながら言葉より早くつまみ食いしていたが、疾那は指摘しない。
疾那は注意したところで木香が治さないのは長い付き合いでわかっていた。
口に入れるスピードは早いが、表情はとても上手そうに食べていた。
それだけで美味しそうに食べていることがわかる。
もはや説明も要らないが、疾那は無表情だった。
「じゃあ私は準備して行くね!」
「ああ、気を付けろよ」
と言いつつ疾那は先に家を出るのだった。
学校につくとやかましい声で迎えられる。
疾那はそれを嫌ともいいとも思わない。
ただ無感情で通りすぎる。
「よっ、疾那! 相変わらずやる気ない面してんな!」
「誰かと思えば始乃斗か。おはよう」
疾那とは真反対のテンションで学校を闊歩しているのは、阿原始乃斗だった。
クラスのムードメーカーであり、学校一の問題児でもある始乃斗と何故か疾那は仲が良かった。
まあそれも始乃斗が一方的に話続けているだけなのだが、誰かが困るわけでもないため、誰もなにも言わなかった。
「まったく、お前と話してると一人言ずっと言ってる見たいで嫌になるぜ」
「悪い、気を付ける」
「それ今週でもう18回目だよ! で、改善された回数は0だ!」
「本当に申し訳ないと思ってる」
「はいはい、じゃあ飛びきりの笑顔をくれよ」
「こんなのでいいか?」
そう言って、疾那は口の両端を指で吊り上げて、仮面のような笑顔を作った。
それを見て始乃斗は諦めたように笑った。
二人が所属している3年2組へと向かった。
その途中始乃斗は視界の端に嫌なものを見つけた。
「やべ……。疾那、早く教室に」
「ちょっと人助けしてくる」
「手遅れだったか……。はいはい、ここで待っててやるから早く済ませてこいよ」
「ああ、ありがとう」
そう言って疾那は『不良に絡まれている女子生徒』の元へと向かった。
「離してください!」
「お前がぶつかってきたんだろうが!」
「そうだそうだ! 謝れ謝れ!」
「当たったのがどっちかなんてわからないじゃないですが! そんな下らないことでこんなことするなんて馬鹿馬鹿しいですよ!」
「誰が馬鹿だ! 舐めやがって……オラァ!」
そう言って不良の一人が女生徒に拳を振り上げた。
女生徒が小さい悲鳴をあげたのが廊下を歩いていた生徒の耳に届いた。
だが不良の拳が女生徒に当たった音はしなかった。
代わりに、『疾那の背中に拳が当たる音』が鈍く鳴った。
疾那は小声で女生徒に逃げるように言って、自分の体に当たっている拳を握った。
そしてそのまま、脅迫を口にした。
「逃げるなら許すが、このままここにいたら正当防衛を発動させてもらう」
静かに不良を睨み付けた。
不良は少し物怖じしたが、すぐに威圧的な態度を戻した。
そして足で蹴りを打った。
鈍く疾那の足に当たったが、疾那はまるで痛みを感じさせなかった。
いや、実際に痛みを感じていなかった。
「ああ、折角チャンスをやったのにわざわざ見逃すか」
「て、テメェ何様のつもりだぁああ!」
「あっ、先生こっちです」
「おい、お前ら何をしている!」
「やべっ、教師が来やがった! 逃げるぞ!」
と言って二人は疾那と教師の真似をした始乃斗から逃げ出した。
始乃斗はしてやった、みたいな笑顔で笑っていたが疾那は無表情のまま変えない。
「なんだかんだ言って協力してやる俺もお人好しだよなあ」
「じゃあ俺はなんなんだよ」
「人でなし」
「酷い言われようだな、俺」
と皮肉を言いつつ疾那は笑っていなかった。
放課後、疾那は教室で荷物の準備をしていた。
テスト期間が近いから、教科書とノートを鞄に詰め込んでいた。
他のクラスメイトは部活やらなんやらで教室にはいなかった。
季節は10月で部活も三年が引退し、新チームで活動を始めている。
それを横目で流しながら帰宅部である疾那は帰路へ向かった。
しかし
「やあ疾那くん。会いたかったですよ」
それは黒で全身を着飾った男によって阻止された。
疾那は身構えず、驚きを隠した。
しかし、あの無感情で無関心な疾那が驚いたのは確かだった。
「誰だお前は? と言っておくのがいいか?」
「僕の名前はアート。世界の案内人とでも思ってください」
「世界の? 胡散臭い人間だな」
「単刀直入に言います。あなたに世界を救ってほしいのです」
疾那はその言葉に首をかしげた。
世界を救うなんて突拍子もない話しを言われてもただ困るだけだ。
理由を説明するよりも早くアートは口を開いた。
「この世界は狙われています。それよりも先に……貴方は魔法や超能力の類を信じていますか?」
「信じないな。そんなものが存在している証拠はあっても根拠がない」
疾那は魔法や超能力、もっと言えば霊やUMAなども信じていなかった。
理由は今、本人が言った通り、根拠がないからだ。
少年、桜木疾那はそう呟いた。
その足元には、数人の服を着崩した不良と見られる生徒が倒れていた。
「感心皆無」と四字熟語を貼り付けられている疾那は自分から何一つ危害を加えたりはしない。
勝手に同士討ちした、それぐらいにしか目の前の事態を捉えていなかった。
常になんの目的もなく、ただ感情のままに行動していた。
だからこそのつまらないという発言。
本心と言うより本能。
ただ思ったことを口にしたに過ぎなかった。
「さて、帰るか」
疾那は帰路についた。
疾那の朝は早い。
母親を早くに亡くして、父親もほとんど家にいないからご飯を作るためだ。
朝食も昼の弁当も妹の桜木木香(さくらぎ もか)の分まで作るため、自然と朝は6時に起きることになる。
だが疾那はそれを苦に思ったことはなかった。
だからと言って楽しんでいるわけでもない。
ただなにも感じなかった。
それが当たり前なのだから何を気にする、といった具合だ。
「木香、ご飯だぞ。起きろ」
呼ぶが返事はない。
いつも通りの寝坊だ、別段気にすることでもない。
階段を登り二階の木香の部屋に入る。
この距離で呼んだとしても木香は起きない。
やることは決まっている。
「早く起きろ」
掛け布団を思い切り剥ぎ取る。
簡単な行為だが、一番効果的な行為だ。
それで拠り所を無くした木香は目をさました。
「おっはよー、お兄ちゃん」
寝起きとは思えない屈託のないにこやかな笑顔で木香が言った。
疾那はそれに対して「おお」と無愛想に答えるだけだった。
木香は呆れたように、言葉を口にした。
「まったく相変わらずの無愛想だね~。妹として私は悲しいよ」
「そうか、それは残念だったな。早く朝御飯食べるぞ」
「もー、少しは反省してよ!」
と言葉は怒りつつも、表情は笑顔のままだった。
結局木香は疾那のことが好きだ。
それはもちろん兄妹としてであって、それ以上ではない。
「おっ、朝から美味しそうなご飯だねえ~」
「どうも、いただきます」
「いただきまーす!」
と言いながら言葉より早くつまみ食いしていたが、疾那は指摘しない。
疾那は注意したところで木香が治さないのは長い付き合いでわかっていた。
口に入れるスピードは早いが、表情はとても上手そうに食べていた。
それだけで美味しそうに食べていることがわかる。
もはや説明も要らないが、疾那は無表情だった。
「じゃあ私は準備して行くね!」
「ああ、気を付けろよ」
と言いつつ疾那は先に家を出るのだった。
学校につくとやかましい声で迎えられる。
疾那はそれを嫌ともいいとも思わない。
ただ無感情で通りすぎる。
「よっ、疾那! 相変わらずやる気ない面してんな!」
「誰かと思えば始乃斗か。おはよう」
疾那とは真反対のテンションで学校を闊歩しているのは、阿原始乃斗だった。
クラスのムードメーカーであり、学校一の問題児でもある始乃斗と何故か疾那は仲が良かった。
まあそれも始乃斗が一方的に話続けているだけなのだが、誰かが困るわけでもないため、誰もなにも言わなかった。
「まったく、お前と話してると一人言ずっと言ってる見たいで嫌になるぜ」
「悪い、気を付ける」
「それ今週でもう18回目だよ! で、改善された回数は0だ!」
「本当に申し訳ないと思ってる」
「はいはい、じゃあ飛びきりの笑顔をくれよ」
「こんなのでいいか?」
そう言って、疾那は口の両端を指で吊り上げて、仮面のような笑顔を作った。
それを見て始乃斗は諦めたように笑った。
二人が所属している3年2組へと向かった。
その途中始乃斗は視界の端に嫌なものを見つけた。
「やべ……。疾那、早く教室に」
「ちょっと人助けしてくる」
「手遅れだったか……。はいはい、ここで待っててやるから早く済ませてこいよ」
「ああ、ありがとう」
そう言って疾那は『不良に絡まれている女子生徒』の元へと向かった。
「離してください!」
「お前がぶつかってきたんだろうが!」
「そうだそうだ! 謝れ謝れ!」
「当たったのがどっちかなんてわからないじゃないですが! そんな下らないことでこんなことするなんて馬鹿馬鹿しいですよ!」
「誰が馬鹿だ! 舐めやがって……オラァ!」
そう言って不良の一人が女生徒に拳を振り上げた。
女生徒が小さい悲鳴をあげたのが廊下を歩いていた生徒の耳に届いた。
だが不良の拳が女生徒に当たった音はしなかった。
代わりに、『疾那の背中に拳が当たる音』が鈍く鳴った。
疾那は小声で女生徒に逃げるように言って、自分の体に当たっている拳を握った。
そしてそのまま、脅迫を口にした。
「逃げるなら許すが、このままここにいたら正当防衛を発動させてもらう」
静かに不良を睨み付けた。
不良は少し物怖じしたが、すぐに威圧的な態度を戻した。
そして足で蹴りを打った。
鈍く疾那の足に当たったが、疾那はまるで痛みを感じさせなかった。
いや、実際に痛みを感じていなかった。
「ああ、折角チャンスをやったのにわざわざ見逃すか」
「て、テメェ何様のつもりだぁああ!」
「あっ、先生こっちです」
「おい、お前ら何をしている!」
「やべっ、教師が来やがった! 逃げるぞ!」
と言って二人は疾那と教師の真似をした始乃斗から逃げ出した。
始乃斗はしてやった、みたいな笑顔で笑っていたが疾那は無表情のまま変えない。
「なんだかんだ言って協力してやる俺もお人好しだよなあ」
「じゃあ俺はなんなんだよ」
「人でなし」
「酷い言われようだな、俺」
と皮肉を言いつつ疾那は笑っていなかった。
放課後、疾那は教室で荷物の準備をしていた。
テスト期間が近いから、教科書とノートを鞄に詰め込んでいた。
他のクラスメイトは部活やらなんやらで教室にはいなかった。
季節は10月で部活も三年が引退し、新チームで活動を始めている。
それを横目で流しながら帰宅部である疾那は帰路へ向かった。
しかし
「やあ疾那くん。会いたかったですよ」
それは黒で全身を着飾った男によって阻止された。
疾那は身構えず、驚きを隠した。
しかし、あの無感情で無関心な疾那が驚いたのは確かだった。
「誰だお前は? と言っておくのがいいか?」
「僕の名前はアート。世界の案内人とでも思ってください」
「世界の? 胡散臭い人間だな」
「単刀直入に言います。あなたに世界を救ってほしいのです」
疾那はその言葉に首をかしげた。
世界を救うなんて突拍子もない話しを言われてもただ困るだけだ。
理由を説明するよりも早くアートは口を開いた。
「この世界は狙われています。それよりも先に……貴方は魔法や超能力の類を信じていますか?」
「信じないな。そんなものが存在している証拠はあっても根拠がない」
疾那は魔法や超能力、もっと言えば霊やUMAなども信じていなかった。
理由は今、本人が言った通り、根拠がないからだ。
作品名:失われた色彩~ロストパレット~ 作家名:明兎