幻の恋人
メグミという女性は、以前柴山が勤めていた会社の社員だったことを思い出した。もう、何年も会っていない。彼女はこんなに魅力的な声だったかな?と柴山はタクシーを探しながら思った。
「西田ですけど……」
西田。そうか、西田恵という名前だったのか。と柴山は思ったが、顔を思い出せなかった。
「今日は、どんな服装ですか?」
「白いコートです。あなたは?」
「黒いコートです。『赤い指』という本を手に持っています。東野圭吾の文庫本です。直木賞を受賞した直後の作品です。十時ちょうどに、多分着きます」
紅いタクシーが来るのが見えた。
「ここは寒いんです。早く来てくださいね」
「はい。わかりました」
タクシーが停止した。
「ありがとうございます」
乗車すると乗務員がそう云った。