幻の恋人
幻の恋人
携帯電話に着信した直後、通話ボタンを押すと、電車の通過音らしき騒音と共に、女性の声が聞こえた。柴山康平はその声が、双方の名を口にしたような気がした。間もなく騒音は軽減され、車の通過音だけになった。
「もう一度云ってください。あなたは誰ですか?」
「メグミです。今、どこですか?」
柴山はその名前には微かに心当たりがあるような気もする。ところが、その声は初めて聞く声だと思った。聞き慣れた声も、電話では印象が異なる。そういうことは珍しくない。
「……メグミ……さん?そちらは、どこから?」
「駅の前です。早く来てくださいね。お願いします」
柴山は午前十時に駅で誰かと会うことになっていたが、その相手が誰なのかを思い出せなかった。カレンダーの十二月十八日、つまり今日のところに「朝十時駅」とメモがあった。それを見て慌てて外出した。彼は左手首の時計で九時四十分であることを確認した。
「タクシーで行きます……メグミさんの苗字を……ごめんなさい。忘れてしまいました」