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てっしゅう
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「忘れられない」 第四章 手がかり

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「はい、明日にでも前田さんが連れて行ってくださるのではっきりすると思います。またその時はご連絡します」
「親切だな・・・前田は・・・私もお供したいけど、明日は用事があるから、彼にお願いするとしようか」
「お気遣いありがとうございます。では、明日また」

夕飯の前に風呂に浸かった。明日の事をあれこれと思いながら有紀はこれまでの過ごしてきた時間をたどっていた。記憶は初めて行った出雲への旅行から始まる。新しい車を買ってドライブしながら、やっと着いた旅館での食事やお風呂や、二人だけで過ごした部屋の間取りなど、鮮明に浮かび上がった。明雄の手が伸びて来たときに、「いや」と押し戻した純情だった自分の思いや、それに応えてくれた優しさが嬉しかったことなど。今思えば、もっと強く求めていれば彼の両親の反対など跳ね除けられたに違いない、そう考えるとこんな思いをせずに済んだのに・・・肯定と否定を繰り返して、こうしていたら・・・とか、こうだったら、とかの想いが想像をかき立てる。

とにもかくにも明日その結果が解るかも知れない。眠れそうに無い夜を迎えるだろう。仁美が傍に居てくれるだけで心強く感じられた。仁美もまたこのあと大阪に帰ったら自分以上の試練が待っているだろうから、応援しないといけない。二人の恋の空模様は曇りから晴れなのか、雨なのか、今は天に任せるしかなかった。

「いよいよね、有紀さん。逢えるといいね・・・どんなことになっていても相手のせいにしちゃダメよ。解っているでしょうけど」
「仁美さん、ありがとう。十分心得ているつもりよ。心配しないで。さっきねお風呂で色々と考えていたの。出逢った頃のことや、一緒に行った旅行のことなどをね。もっと強く彼に好きって態度を取っていたら、結婚していたかも知れないって、思えたりして悲しくなったわ」
「そうね、でも果たしてその後、結婚してからよ、本当に幸せになれていたかどうかって解らないことなのよね?違う?」
「そう言ってしまえば、全てが虚しいわ。やはり結婚をすることが女の幸せって思えるから」
「好きであれば好きであるほど苦しい時がある、思いの強さより生活の豊かさを優先した結婚の方が楽な事だってある、愛情なんて後出し出来るって思えるし・・・情熱が醒めてゆくのは悲しいよ、有紀さん」

仁美は自分の経験で有紀に話しをしていた。有紀にはその気持ちが手に取るように解るけど、自分はそうじゃないと言い聞かすことでこれまでの時間や想いを虚しいものにしたくなかった。たとえ、思い違いに気付かされたとしても自分が信じてきた事は自分の恋なんだと、最後まで納得をして終わりたいと思い続けてきた。

明雄の想いは自分の想いだと信じる方法しか、自分を支えられない。この恋が終わる時は自分が女であることを終えるときでもあると、覚悟を決めている。自信過剰ではない。自らの気持ちの区切りがそれほどまでに大きい事だったからである。

「仁美さん、私にはこれからがあるのではなく、今までがあったの・・・結果を知って、どうするかはまだ解らない。けど、結婚に向かおうが一人暮らしを続けることになろうが、もうはっきりとしなければいけない時なのよね。それが与えられた運命なんだし・・・」
「うん、頑張ってきたからきっと幸せをつかめるよ。有紀さんにはきっと天国で裕美が見守っていてくれているから・・・」
「仁美さん・・・そうね、きっとそうだわ、ありがとう」

裕美のペンで書いた明雄への想いの手紙をハンドバッグに忍ばせて寝床に就いた。

翌朝前田は迎えにやって来た。店の営業車とわかる名前の入ったライトバンで申し訳ないといいながら二人を乗せて美合町まで走らせていた。

「私も今年誕生日で定年なんですよ。洞口は親の代から継いで旅館をやっているから良いけど、俺なんかまた働き口を探さないと食って行けないから、気が重いんですよね。森は一流企業に勤めて退職したばかりだから今は悠々自適だと思うんです。子どもの頃は何も気にならずに遊んだ三人ですが、ここに来てそれぞれ随分と違うなあって・・・そんなこと考えて、なんだか寂しいです」
「前田さん、男の方は大変なんですね。私は独り身ですから、そうそう仁美さんもね一応は・・・気楽に過ごしています。頑張って下さいとお答えするしか出来ません。気に触られたら、お許しくださいね」有紀はそう言った。

「気になんか触りませんよ。思っていることを話しただけですから・・・会社を辞める前にお手伝いが出来て逆に良かったですよ。来年だったらもう協力してあげれなかったからね。偶然って言うのか、ご縁なんですよね、これも」
「そうですね。森さんとの出会いがこのようになって行くとは考えても見ませんでしたから」
「俺たち幼馴染がそれぞれに埜畑さんのお手伝いが出来る環境にいることも縁ですよね・・・考えたら、不思議だ」

前田の言うとおり、森からの繋がりがこれほど自分の求めているように動いてゆくこと自体が与えられた運命と言うのか、出来過ぎているように思う。やはり、明雄とは再会できないのでは無いのだろうか・・・そう考えてゆく有紀がいた。

「着いたようだよ・・・左手が駅だから・・・次を曲がって、少し上ったところかな・・・」

車は国道を見下ろせる少し小高い場所に停車した。

「車を置いてここからは歩いて探しましょう」前田の指示に従って、有紀と仁美は車を降りて後を着いて歩き始めた。程なくメモに書かれた住所の所まで来た。

「この辺りなんだけど・・・石原・・・石原明雄・・・無いなあ・・・向こう側を見てみましょう」
「はい、分かれて探しましょう。私と仁美さんは右手から一軒ずつ見ますから、前田さんは左手からお願いします」
「そうしましょう」

数件目に表札を覗き込んだタイミングで家の人が玄関を開けたので、有紀は鉢合わせに目が合った。
「すみません、覗いていたわけではないんです・・・お家を探しておりまして、そのう、石原明雄さん宅なんですがご存知ありませんか?ぶしつけで勝手を申しますが・・・」

出てきた同年ぐらいの女性は、少し考えて、
「石原さん・・・石原・・・ですね。確か・・・3年ほど前に引越しされたように思いますが、少し待ってくださいね」
家に入り少しして、写真を持ってきた。

「これはこの辺りの自治会の集合写真なんですが、この年に初詣に皆さんで行き、撮ったんです。5年ほど前です。この右から三人目に写っている方ではありませんか?」
有紀は覗き込むように写真を見て、その中に昔と変わらない明雄の笑顔を見つけた。

「はい、そうです。この方です。ご存知なんですね?」
「ええ、会長さんもやられたりして、そうそうお父様とご一緒に確か・・・東岡崎の駅の近くで塾をなさっていたと思います。残念なことにこの写真のあとすぐに、お父様が亡くなられてしまって、今は解りませんが、名前は・・・少し待ってくださいね、あなた!石原さんのところの塾って名前なんでした?」大きく聞こえるように家にいた夫に声をかけた。
夫は玄関まで来て、写真を見ながら思い出したようだ。

「名進ゼミだったかな・・・間違いないと思いますけど」