「忘れられない」 第四章 手がかり
「ないわよ、でも一度昔に明雄さんと行ったことがあるの。神戸だったけど」
「ロマンチックね。恋人同士でヨットハーバーか・・・石原裕次郎の世界だね。俺について来るかい?なんちゃって言われて、その気になって・・・最後は拳銃で撃たれて死ぬ、見たいな」
「あなたそれ、映画と同じじゃないの?古いのね」
「あなたより若いのよ!その言い方語弊があるわよ。もう、乗ってこないんだから・・・」
また不機嫌な仁美であった。有紀には大阪人特有のノリのよさやテンポの良さが見られない。そこがいいのだが、仁美には冷たく映るのであった。
「ねえねえ有紀さん、観覧車があるわよ!乗りましょうよ」
「そうね、久しぶりに乗りたいわ」
平日の昼間殆ど訪れる人が居なかったので直ぐに乗れた。
「海が素敵ね!水平線の遠くに大きな貨物船が見えるし、近くにはほら、ヨットかしら何艘かみえる」
「ほんと、高くなってきたわね。見晴らしがとても綺麗!有紀さんは高いところ平気なの?」
「平気って訳じゃないけど、観覧車やロープウェイで怖いって思ったことは無いわよ。仁美さんは?」
「私も同じ。子供の頃よく二階の屋根に上がって遊んで叱られていたもの、ハハハ・・・近所の男の子と仲良かったからね」
「そうなの、おてんばだったのね!私は文化住まいだったからそういうことは出来なかったけど・・・海は好きで夏はよく海水浴に連れて行って貰ったわ。須磨浦とか、二色ヶ浜とか・・・」
「私は泳ぎがダメだから、海は行かなかったなあ・・・プールも。池や川でね仲の良かったその男の子と釣りをしたわ。フナやモロコなんか良く釣れたね。持って帰って食べたりもしたし」
「へえ、そんな友達が居たのね。どうしたのその子は?同じ中学とかだったんでしょ?」
「うん、高校まで付き合っていたよ。学年が一つ上で、大学は東京へ行っちゃったからそれまでになったけどね」
「別れてからは今までに会った事なかったの?近所なんでしょ?」
「帰ってこなかったのよ。そのまま東京で就職して結婚して暮らしている。私なんか思い出すこともない、ただの幼なじみだったのね・・・」
「好きだったの?」
「有紀さん・・・言わないで・・・思い出しちゃうから」
「いいじゃないの。いい想い出じゃない!誰でもそういうことを経験して大人の恋を知るのよ」
「解った事言うね・・・たくさん恋をしてきたみたいに聞こえるわ」
「ううん、人は一回でも本当の恋を知ると、変われるものよ。回数じゃない!私はそう思うの」
「私もよ。女ですもの・・・ずっと」
観覧車はやがて終わりに近づいた。
恋をすると解る事がいくつかある。
例えばそれまで欠点に感じていた部分が許せるようになる。癖や仕草も可愛いって感じられる。つまり盲目になって行くのだ。
本当の優しさはベタベタしたり、何でもいう事を聞いてくれたりすることじゃない、若い頃そう母親から有紀は聞かされていた。自分がして欲しいことを人に求めたりするのは甘えであり、弱さの現われであるとも言っていた。男は強くなければいけない、女は我慢強くしないといけない、そう常に言っていた。明雄との恋を知って、離れて暮らして、こうして連絡がつかないまま時間が過ぎ、やがて母を亡くしてその言葉がはっきりと思い出されるようになってきた。
「仁美さん、愚痴になっちゃうけど、我慢して我慢して報われなかったら・・・それでもずっと好きでいられるかしら?」
「あら、何?急に弱気になってるじゃない?どうしたの」
「なんだか、私ね、今回は逢えないような気がしているの・・・って言うか、もう逢えないような気がする」
「そんなことないって!今まで待っていたんだから。あなたらしくないわよ、どうしたの?」
「ゴメンね・・・急に現実的になってきたから怖いのかも知れない。逢って許せるかも知れないけど、付き合えなかったら諦めきれるかって・・・そう考えると、逢えない方が心静かに忘れて行けるような気がして・・・」
「あなたの事好きだからわざわざ新潟まで行ってメッセージを残したんでしょ?そんな事普通はしないよ」
「そうね、でも、自分の気持ちを断ち切るためにそこまで行ったのかも知れないしね・・・あの文章にはそういう意味がこめられてると受け取れるもの」
「今さらなによ!私をここまで連れ出してきて!引き返すなんて許さないからね。いくらあなたでも・・・年下だけど恋愛の数は先輩だから、いう事を聞きなさい!当たって挫けるのもよし!それが恋よ・・・片思いの恋なんてしないほうがまし。与えられる喜びは何にも増して幸せなことなんだから。手に入れると決めたら、最後まで頑張るのよ」
仁美の言うとおりだと思った。突っ張って生きてきたが、ちょっとした弱さを仁美に見せてしまった。それだけ気を許している相手だという事も有紀には嬉しかった。
ラグーナから戻ってきた有紀たちは宿について主人が同じ年齢ぐらいの男性と話しているところを見た。
「あっ!埜畑さん、お待ちしておりましたよ。こちらへどうぞ。話をしておりました友人の前田君です」
「すみません、お手数をお掛けしまして・・・埜畑有紀と言います、こちらは友人の内川仁美さんです」
「前田です。洞口は幼なじみですから引き受けたんです。気になさらないで下さい。森もみんな仲間ですから」
洞口とは宿の主人の名前だ。有紀の岡崎での知り合い、森とは前田を含めて幼なじみである。
「前田、解った事を埜畑さんに教えてあげてくれないか」
「ああ、そうだな。じゃあお話します。メモを書いてきました。見て下さい」
手渡された住所と簡単な地図を有紀は見た。
「岡崎市美合町(みあいちょう)・・・どの辺りになるのですか?」
「少し一号線を豊川方面に走ったところです。見合という駅がありますよ。このデータは3年ほど前のものです。ここ最近は配達などなかったので、今も居られるのかは解りませんが・・・」
「そうですか、3年前ですか・・・明日にでも伺います。ありがとうございました」
「宜しければ、私は明日休みなのでお迎えに来て差し上げますよ。会社の車ですが、宜しければ遠慮なさらずにどうぞ」
「そこまでお願いできませんわ・・・ねえ、仁美さん?」
「そうね、駅があるのなら電車で行きましょう。あとは時間があるから歩けばいいし」
「駅から少し離れているので、車の方がいいと思います。森や洞口の頼みなら任せて下さいませんか?何もしないと怒られるから、ハハハ・・・」
優しい目をした前田はそう言って大きく笑った。宿の洞口は、「そうだよ、森に愚痴られそうだから、それがいいよ」と後押しをした。前田には美人の二人を案内したいという思いもあったのかも知れない・・・
明日の朝迎えに来る、と言い残して前田は帰っていった。有紀たちは主人にお礼を言って、後二三日泊まらせてもらうように頼んだ。部屋に戻って森に電話をかけた。
「有紀です。お友達って言われる前田さんから、明雄さんの住所を調べてもらい、今日教えていただけました」
「そうですか、あいつは宅配便の支店長だから・・・そりゃいい方法だったですね。逢えるといいですね」
作品名:「忘れられない」 第四章 手がかり 作家名:てっしゅう