蝶
「希望が叶えばいいね」
「頑張る」
「由美さんなら大丈夫」
「ね、一年前のお礼したいから目をつむって」
宏は言われるままに目を閉じた。
宏の唇に由美の唇が触れた。
幸子の様な化粧の匂いでなく、汗の匂いがした。
宏が目を開けた時には由美は走りだしていた。
「さようなら」
鳩がいきよい良く飛び立った。其の風で埃が舞った。
宏は由美の後を追う事はしなかった。
それ以降由美に逢う事も無かった。
由美が大学に合格したことは新聞で知った。
宏は由美と別れたことに未練はなかった。それを望んでもいた。
ただ幸子への未練はあった。
幸子に貰ったハンカチの蝶の刺繍の糸がほぐれ出し、蝶の羽が半分無くなっていた。
何とか幸子に逢い直してもらいたかった。
しかし幸子に逢う勇気がない。
宏も幸子も逢いたいと思いながらも、相手のことを思い逢えないでいた。