蝶
椅子に腰かけた。
まだ20分はある。
広い境内に人はほとんど通らない。
宏は下を向いていた。
「だれだ」
化粧の匂いが昼間の匂いと同じであった。
でも名前が出て来ない
「お姉さん」
「あたり、名前呼んでくれた方が嬉しかったのにな〜」
「幸子さんです」
宏は思い出すとあわてて言った。
「食べたいものある、何でもいいわよ」
「河内さんの好きなものにします」
「じゃそうする」
2人はばんな寺を出た。
渡良瀬川の見える所まで来て、お好み焼きの店に入った。
2人だけの小部屋である。
「顔赤い、誘惑しないから」
幸子は笑いながら言った。
「大学行くの?」
「公務員試験を受けます」
「お役所、いいな」
「受かるかどうか先のことです」
「私は中卒だから、こんな仕事しかないの」
「いい仕事です、職人ですから」
「本当は定時制高校受けようと思うの、それで勉強教えてくれる」
「僕でよければ」
「良かった、すっかり忘れているから、馬鹿にされるだろうな」
「やればすぐに思い出しますから」
幸子は嬉しそうにお好み焼きを焼いてくれた。