蝶
蝶の刺繍
高校3年の夏休み、宏は刺繍工場にアルバイトに行くことにした。
女工さんが15人ほど居る工場である。
宏の仕事は製品を数えたり、束ねたりすることであった。
ただ、男は社長と宏だけであった。
2,3日は誰とも喋らず何か退屈であるが、居心地が悪いわけではない。
若い女性が化粧の匂いをぷんぷんさせていたし、10時、お昼、3時の時には、何かしらの食べ物を持って来てくれたのである。
「この煩い音慣れた」
と髪の毛の長い人が言葉をかけてくれた。
確かにミシンの音にラジオの音は大きい音であった。
「大丈夫です」
「河内幸子、覚えて」
「かわちさちこさん」
「今日お給料日なの、デイトしてくれる?」
「はい」
「素直ね」
「はい」
「ばんな寺で7時にイチョウの木の所で待っててね」
宏はその言葉が5時のベルが鳴るまで、嘘か本当なのかと考えていた。
男子高校であるし、宏は母と2人暮らしである。
デイトは初めての経験である。
仕事が終わるとすぐにばんな寺に行こうと考えたが、時間が有りすぎる。
工場から30分もすれば着いてしまう。
宏は本屋で時間をつぶすことにした。
本を立ち読みしていても落ち着かない。
宏は早いとは思ったが、ばんな寺に行った。
約束のイチョウの木の下で待った。