蝶
姓を変えることで自分自身を変えたいと思ったのである。
「宏さんはああ言ってますが」
「本人が良いのですから何も言う事はありません」
「良っかた。結婚式の日取りは」
「わがままですが式は挙げたくないのです」
「それはどうしてです」
「意味はありませんが、その費用をどこかに寄付したいのです」
「そうですか。真理恵、宏さんはしっかり者だ」
宏は咄嗟に出た言葉であった。
姓を変えるのも、式をしないのもすべてが幸子へのためらいなのだ。
もし、あの日水田と一緒に寝たとき何もしてない確証があれば約束は破棄したいとも考えた。
水田を嫌いではないだけに今の宏にはどうにもならない。
「お母さん話はまとまりました」
「ありがとうございました」
「今夜固めの杯をしましょう」
水田の父親は嬉しそうに言った。
「明日からでもいい。一緒に暮らしなさい」
その水田の父親の言葉が宏と真理恵の生活の始まりであったかもしれない。
宏は内心ホッとしていた。と言うのは神様や仏様には嘘をつきたくなかったからである。
結婚式を挙げれば当然真理恵だけに愛を誓うことになる。
今の宏にはそれだけの自信がない。
だから今日まで水田とは体の関係は持たなかったのである。
其の夜宏と水田は結ばれた。
東京の騒音の中でがむしゃらな男と女の関係であった。
それは一輪の花も必要としない欲望だけが結び付けた宏と水田の結婚であった。