こんなことって
「そろそろかな」
立花が言う。
「はぁ……。そうだな」
それでもやはりため息は漏れる。
「二年A組からD組までの出場者はスタート地点まで来てください」
伝令係が招集をかける。
「俺と立花は隣同士のレーンだよな」
「うん」
立花と二人してスタート地点へと歩く。
「ニカちゃん頑張ってー!」
表舞台へと近づくと、俺のクラスを中心に応援の声が上がる。何だかんだ言ってそういう声は嬉しくないといえばウソになる。一応礼儀として手を挙げて応える。
全員がコースに立つと、レーンごとにアナウンスでクラスと名前が読み上げられる。
「C組、大谷和也君」
他のやつらはポーズを取ったりなどしてパフォーマンスをしていたが、俺は普通の陸上競技よろしく手を挙げるだけにした。この間に、実行委員と教員代表がこのカッコの出来などを審査しているのだろうが、俺にはそこまでできない。タイムで勝負してやるという気概だ。
深呼吸をしながら近いようで遠い百メートル先のゴールテープを見つめる。
「格好なんて気にするな」と自分に言い聞かせる。そうしないと中々つらい。
当然クラウチングスタートなどという百メートル走ではおなじみの格好などスカート姿の多いこの競技でできるはずもなく、それぞれがフリースタイルだ。俺も力を抜いてスタートラインの前に立つ。立花も隣のコースに立つが、こちらは完璧に女になりきって、内股で手を前にして立っている。この成りきりにはある意味感心する。
「位置について」
スタートラインの横にいるスターターがピストルを構えた。
「用意」
その声のまもなく、スターターピストルの音が響く。それと同時に、全員がゴールへと走り出す。
声援の声を浴びながら、俺もゴールへ向かって一直線に駆ける。ほんの十数秒の時間が長く感じる。
セーラー服で全速力など生まれて初めてのことだ。それは他も同じようでペースは遅い。足に布がまとわりつく感覚に戸惑いながらも、トップスピードに乗る。第一レーンのA組が頭一つ分リードしているが、六十メートル地点で追い越し、そのまま駆け抜け、前傾体勢のままゴールテープをくぐった。
「おし。トップだ」
と、上がる息を抑えながら後ろを向いた瞬間、立花の転倒を目撃する。
「立花!」
次々とゴールテープをくぐるやつらを避けながら、とっさに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「痛てて……。いつもと違う走り方だとうまくいかないね」
なんとか自力で起き上がりながら立花が言う。見ると、手と膝にケガをしている。
「つかまれ。救護まで連れてってやる」
役員のやつらも近寄ってきたが、「俺が連れてく」というと、そのまま引き下がった。
「……お姫様抱っことかしてくれないの?」
立花が言う。お姫様抱っこって何だっけ? 横抱きの事だっけ?
「は? 何言ってんの、おまえ」
「女の子相手だとそうならない?」
「おまえ、男だろ?」
どこまで女子になりきってるんだ。大体相手が女子でもそんなことはしない。
「ほら、早くつかまれって」
立花の肩を抱き、救護係のところまで連れて行くと、立花のクラスのやつらがいる。
「立花、大丈夫か?」
「うん。たいしたことないから大丈夫」
この状態でも口調を変えない。
「とりあえず洗浄消毒するね」
こういう行事の際には救護係へ派遣される校医の先生が、養護教諭に指示を出しながら言う。
怪我もひどくはなさそうだし安心した俺は、グラウンドの方を見渡す。
ちょうど、三年の出番になっているようだった。今頃、終わったという感慨が沸き上がる。
そうとなれば一刻も早くこの格好から開放されたいのだが、そのためには藤澤たちを探さなければ。