こんなことって
昼も終わり、いよいよ本日の正念場、女装百メートル競技が始まる。
弁当を食ったあと、口紅が落ちかけているのを、藤澤が直してくれた。ついでに髪もセットし直してくれる。なんか至れり尽くせりだが女の格好だ。
出場者の招集がかかり、集合場所へ移動する。もう腹は決まっている。いまさらジタバタはしない。ため息は出るが。
しかし、そこはかなり異様な空間だ。
明らかにノリで出ているのだろうというやつ、ほぼ無理やり選ばれたであろうやつから、本気すぎるだろというものまで様々だ。端から見れば、俺は本気の方に入れられるんだろうな。大変不本意だが。
実際に「大谷か?」と先生からは驚かれ、「ニカちゃん大変身」と知っているやつからは冷やかされた。中には「写真撮らせてください」という下級生の声かけにもあった。
出順は一年二年三年クラス順という分かりやすいものなので、俺の出番はもう少し先だ。
柔軟体操をしながら、一年の様子を眺めるのも飽きてきた俺は、隣のクラスの立花を見つけ、声をかける。
「立花、だよな?」
眼鏡に長い黒髪、メイド風のロングスカートという出立ち。普段のおとなしい感じはなく、メイクもアイラインが強調された目立つもので、街中で見かけたら他人の空似とスルーするところだ。
「疑問系で呼ばないで」
「悪い」
さっきから俺も疑問系で呼ばれることが多かったが、意外なものを目撃すると疑問系になるのだ。
「大谷もすごいね」
「すごい?」
「うん。いつもはまじめなヤンキーって感じだけど、今は可憐なお嬢様って感じ」
そんな評価初めて聞いたぞ。
「なんだよ、そのまじめなヤンキーって。意味わかんね」
「大谷って何か斜に構えてるところあるでしょ。そういうところよ。深い意味はないわ」
「っていうかさ、立花、なんで女口調なん?」
気になったことを口にした。
「今は女の子だから。当然でしょ?」
当然と言われても……。俺が答えあぐねていると、
「いつもと違う格好をしたら、いつもと違う自分を出したくなるじゃない?」
付け加えて言う。
「いや……あんま思わんけど……」
俺は思ったままを口にした。
「そこまで気合入ってるのに? すごく似合ってる」
それは礼を言えばいいのか? いや、有り難くはないのだから礼を言ったら負けだ。
「似合っててもうれしくねえよ。それにこれはうちのクラスの女子の仕業だ。っていうか、もしかしてそれ自分でしたのか?」
「うん」
即答か。だとしたら凄いな。俺の目からは完璧に見える。
「凄いな。学校《ここ》以外でそれ見たら、多分立花って気づかないぜ」
それをそのまま口にした。
「そう? ありがとう」
大谷はうれしそうだ。そういうやつもいるか、と思った。
「せっかく違う自分を表現できるのにもったいない。演劇をやってるつもりになれば面白いよ」
そういうものか? まぁ、「カッコいい自分になりたい」と「かわいい自分になりたい」という気持ちは方向は違うけど同じものなのかもしれないとは思うけど。
そろそろ一年の出番が終わって二年に回ってきそうだ。
やはり異様に盛り上がっている。クラスのやつらや、その他、この競技に関係ないやつらは物見遊山でしかないからな。カメラで熱心に撮ってるやつも見かけるんだが、個人的に楽しむだけにしてくれと心底思う。
藤澤に関しては視力が上がる俺は、目ざとく女装実行委員会とともにコースの近くによって熱心に何か話している様子を見つけた。
こんな格好でも何故か藤澤は喜んでくれているみたいなので、目の前のエサに食らいつくしかない。