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こんなことって

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 ホームルームで体育祭の種目についての話し合いがもたれていた。

「次は女装百メートルの出場者についてです」
 級長が淡々と議題を進めていく中、俺は戦々恐々としていた。
 「女装百メートル」とは「助走」の言い間違いでも、「除草」でもなく、書いて字のごとく男子が女の格好をして百メートルを走るという、まことに見目麗しくない競技である。こんなものが恒例になっている当たりにこの学校の行事に対する悪ノリ具合がわかるというものだ。毎年異様に盛り上がる。
 反対に男装百メートルもあるのだが、こちらは見目麗しくて、男女ともに人気がある。

「希望者もしくは推薦者があればお願いします」
 言うが早いか女子が手を挙げる。
「はい! ニカちゃんがいいと思います」
「いいね。賛成」
「ニカちゃんだと盛り上がっていいね」
 それに、何人かの女子と男子が賛同する。
 Facebook のいいね!や Twitter のリツイート並みの気軽さだ。
 そして俺の方に視線が集まる。
「大谷君に推薦がありましたが……」
 級長が取り仕切る。中立に見える級長の宮内も恐らく賛成派だ。顔が笑っている。
 この場をどう切る抜けるか。こういう悪ノリに迎合する輩の攻撃をかわすのは非常に困難であるということは理解している。何せ理屈が通用しない。無理ゲーと同じだ。
「いや……俺は……」
「やってよ。ノリでこういうのが好きな人ばっかりじゃ面白くないし、その顔は生かさなきゃ」
 そう声をかけて来たのは左隣の席に座る、藤澤明里《あかり》。卑怯である。俺は藤澤に恋心を抱いているのだ。
「でも……女のカッコが似合ったって……」
 かわいいよりもカッコいいと言われたいが、それが難しいのは自分でも理解しているので控えめに言った。
「そんなことないよ。特技はどんなものでも特技よ」
 何だか答えになってないような気がしたが、そんなこと藤澤に言えるはずもない。そもそもそれは特技なのか。
「そうだそうだ」
「ニカやれー」
 などと適当な言葉が飛び交い、それで手締め的な空気が流れる。
「ということで、大谷君に……」
「おい! やるなんて言ってないだろ」
 宮内の仕切りに反論する。
「それでは多数決をとります。大谷君がこの競技にふさわしいと思う人は挙手をお願いします」
 俺の言葉に耳を貸すつもりはないのか、宮内は仕切りを続行する。もちろんこんな問いへの反応などわかりきっている。クラス中ほとんどのやつらが手を挙げていた。
 ここで意地を張って主張を通しても、あとのことを考えると得策とも思えなかった俺は折れてしまった。ここで自分の意地を通せるやつはすごいと思う。
「わかったよ、やればいいんだろ、やれば」
 投げやりに言い放つ。女子は何やら盛り上がっていた。

 そのあとも大変だった。
「ニカちゃんは何が似合うかな? やっぱりセーラー服かなぁ、それともゴスとか?」
「セーラー服いいね。私の友だちに館女《かんじょ》に通ってる子がいるから、交渉してみようか? あそこの制服かわいいもん。お下がりをサイズ調整すれば……」
 館女とはわりと近くにある、修學館女子学院という伝統と格式あふれる女子校のことだ。
「ニカちゃん、何か希望ある?」
「ある訳ないだろ」
 俺が不満を隠しもせず答えてもまったく気にしない。
「それじゃ、私たちに任せてね。優勝目指すから」
 俺の意志などとはまったく関係なく、女子主導で話が進められていく。その女子の中に、先ほどの藤澤が入っていて、いつもにもまして話す機会が多くなりそうなのは不幸中の幸いである。とは思うが、納得はもちろんしていない。

 ちなみに、女装百メートル走はタイムももちろん順位に影響するのだが、体育祭実行委員と教員代表による女装自体の出来への審査で加点され、最終的な順位が決定する。足が速いだけの奴が出てもそれだけでは一位になれるとは限らないわけだ。実にイロモノ競技らしい判断といえる。
 俺は人並みにベストタイムは十三秒台。運動部の速い奴が出てくればタイムでは負けるだろう。

「走りやすいアレンジ必要かな?」
「セーラーならそんなに走りにくいってこともないし、いいんじゃない?」

 女子たちが熱心に協議を重ねている間、藤澤をずっと見ていた。
 ハキハキとものを話して、でも普段そんなに発言が耳に入るというわけでもない。かわいくていいな。笑うと見える八重歯もポイントかな、とか思う。

 訳がわからない協議の末、俺には化粧まで施されるらしい。化粧なんてしたらどんな顔になるのやら、怖くて想像できない。
「俺、化粧まですんの?」
「するの。私が責任を持ってメイクするから」
 藤澤が断言する。そんないい笑顔で話さないでほしい。話している内容は最悪なのにドキドキしてしまう。
「そんなにごてごてとはしないから安心して」


 というようなことがあって、現在に至る。
 どう考えたって恥ずかしい姿を全校生徒に晒さなければいけない。こういうことをノリでやってのけられるキャラの奴はいいかもしれないが、俺の場合そうはならないだろう。

 確かに、準備期間中に化粧の試しと言って、藤澤に至近距離で見つめられながら顔を触られたり、服のサイズを合わせるために採寸をされたりと、正直ドキドキしたし、いい匂いだなぁ……とか思ったりもした。仲よくなれるチャンスだと思ったし、実際以前より話すことが多くなったが、それを差し引いて果たして、天秤はどちらに傾いているのかはわからない。

 きっかけはアレだけど、いい感じじゃね? タイミングを見計らって告ってみる? とか心の中では考えているが、今日はそれどころじゃない。一刻も早く終わってほしい。できるならば今からでも中止で、と願っている。
 蛇足だが、化粧をした俺の顔は意外と見れた。決して好きなタイプではないが。自分でもなんだかな……とは思うが、だからこそ、余計に遠慮したい。

作品名:こんなことって 作家名:志木