こんなことって
さわやかな秋晴れの日。俺はとても憂鬱だ。
この憂鬱という文字を百回書き取れと、もし言われたらと考えたときと同じくらい気分が重い。
体育祭の日だ。
何度、台風が来てくれと願ったことか。何度、グラウンドにだけ隕石が落下しないかと願ったことか。
しかし、その願いは届くことはなく、雲一つない快晴で、体育祭の開催に何の支障もなさそうだ。
いっその事、滝にでも打たれて風邪を引いて休んでしまおうかと思ったが、風邪は風邪で苦しい。体育祭への不参加と引き換えにするべきほどのことかと思いとどまった。第一、近くに滝などはない。
最終手段としては仮病を使っての自主休学、所謂サボりだが、普段優等生で通っている俺が休んでしまうと、後日、根掘り葉掘り色々と尋ねられ、ありもしない嘘を付かなければならない。これも本意ではない。
この、根掘り葉掘り訊かれるのが教師であればのらりくらりと捌く自信があるが、何故か拡声器並みの伝播力を持つ女子生徒や発言力の強い男子生徒だったりするするのもだから質が悪い。曖昧に答えるとありもしない噂を立てられる。
だいたい、オリンピックでもないのに、体育という名の許にこんな行事が行われることが恐ろしい。年若い人間を一様にしてしまうこのような教育のありかたはどうなのかと憤懣やる方ない思いだ。
一日であれだけの競技数を行うには過密なスケジュール管理を行わなければならず、安全性と効率を両立しようとする日本の悪癖がここにも出ているような気がする。このような行事を通じて、あのような人権を無視した公共交通機関の劣悪な環境が成り立っているのだとしたら、日本人は病気だと思う。
「和也~。もう起きる時間よ」
などと栓もないことを考えていたら、部屋先から母の声が聞こえてきた。だが、梃子でも動きたくない心情が働く。だからと言って、このままここで憂鬱を続けているわけにもいかない。
仕方がないと、いつもより身動き遅く、ブレザーへと着替え、家族が揃うダイニングキッチンへと足を運んだ。
気分は晴れないのに腹は減る。トーストと目玉焼き、サラダで朝食を摂り、諦め加減で家を出た。
学校への道のりは歩いて二十分程。爽やかな秋の風を感じながらの登校は本来であれば穏やかな気分になるはずだ。
しかし、風景というのは主観的なものだ。校門をくぐり、校内へ向かう足どりは重い。
「ニカちゃん。おはよう」
「おはよう、和」
教室に入ると、クラスメートに声をかけられる。ちなみに「ニカ」とは、大谷和也《おおたにかずや》の「に」と「か」をつなげただけ。殆どの女子にちゃん付けで呼ばれるという、この年になってそれってどうよと思うがあだ名を指定するのは困難だ。
「おはよう」
ため息をつきながらこっちもあいさつを返す。
「なんだ、朝からため息かよ」
「今日は悪夢の日だからな……」
「なんだよ。大げさだな」
「大げさじゃねえよ。なんで俺が……」
「まぁだ言ってんのかよ。決まったことをぐじぐじ言わない。いいじゃん貴重な体験だって」
ぐじぐじと言いたくて言っているわけじゃない。これには経緯があるのだ。
ことは一カ月前に遡る。
この憂鬱という文字を百回書き取れと、もし言われたらと考えたときと同じくらい気分が重い。
体育祭の日だ。
何度、台風が来てくれと願ったことか。何度、グラウンドにだけ隕石が落下しないかと願ったことか。
しかし、その願いは届くことはなく、雲一つない快晴で、体育祭の開催に何の支障もなさそうだ。
いっその事、滝にでも打たれて風邪を引いて休んでしまおうかと思ったが、風邪は風邪で苦しい。体育祭への不参加と引き換えにするべきほどのことかと思いとどまった。第一、近くに滝などはない。
最終手段としては仮病を使っての自主休学、所謂サボりだが、普段優等生で通っている俺が休んでしまうと、後日、根掘り葉掘り色々と尋ねられ、ありもしない嘘を付かなければならない。これも本意ではない。
この、根掘り葉掘り訊かれるのが教師であればのらりくらりと捌く自信があるが、何故か拡声器並みの伝播力を持つ女子生徒や発言力の強い男子生徒だったりするするのもだから質が悪い。曖昧に答えるとありもしない噂を立てられる。
だいたい、オリンピックでもないのに、体育という名の許にこんな行事が行われることが恐ろしい。年若い人間を一様にしてしまうこのような教育のありかたはどうなのかと憤懣やる方ない思いだ。
一日であれだけの競技数を行うには過密なスケジュール管理を行わなければならず、安全性と効率を両立しようとする日本の悪癖がここにも出ているような気がする。このような行事を通じて、あのような人権を無視した公共交通機関の劣悪な環境が成り立っているのだとしたら、日本人は病気だと思う。
「和也~。もう起きる時間よ」
などと栓もないことを考えていたら、部屋先から母の声が聞こえてきた。だが、梃子でも動きたくない心情が働く。だからと言って、このままここで憂鬱を続けているわけにもいかない。
仕方がないと、いつもより身動き遅く、ブレザーへと着替え、家族が揃うダイニングキッチンへと足を運んだ。
気分は晴れないのに腹は減る。トーストと目玉焼き、サラダで朝食を摂り、諦め加減で家を出た。
学校への道のりは歩いて二十分程。爽やかな秋の風を感じながらの登校は本来であれば穏やかな気分になるはずだ。
しかし、風景というのは主観的なものだ。校門をくぐり、校内へ向かう足どりは重い。
「ニカちゃん。おはよう」
「おはよう、和」
教室に入ると、クラスメートに声をかけられる。ちなみに「ニカ」とは、大谷和也《おおたにかずや》の「に」と「か」をつなげただけ。殆どの女子にちゃん付けで呼ばれるという、この年になってそれってどうよと思うがあだ名を指定するのは困難だ。
「おはよう」
ため息をつきながらこっちもあいさつを返す。
「なんだ、朝からため息かよ」
「今日は悪夢の日だからな……」
「なんだよ。大げさだな」
「大げさじゃねえよ。なんで俺が……」
「まぁだ言ってんのかよ。決まったことをぐじぐじ言わない。いいじゃん貴重な体験だって」
ぐじぐじと言いたくて言っているわけじゃない。これには経緯があるのだ。
ことは一カ月前に遡る。