黄金の秘峰 下巻
「まさか、おまえ達が殺ったのではあるまいな」
と、問い詰めた。
梶原も、
「交渉成立してまで殺す必要はない」
とはっきり否定した。
健一郎が山好きと聞いていたので、どこかで遭難したのであろう
と思っていたが、案の定、山で死体が発見されたと聞き、矢張りそうだったかと思った。
幸一は宗田の長い話を聞いていて、幾つか疑問が出て来た。
先ず、
一 絵図面で特定出来なかった埋蔵場所がどうして簡単に見付かったのか?
二 絵図面を見た正太の言葉「ふーん、こんなものだったのか」は不自然な感じがする。期待していたにしては、素っ気なさ過ぎる
三 結局埋蔵金の総額は幾らになったのか?
四 健一郎の手元には間違いなく三分の一相当のカネが入ったのか?
幸一は質問を始めた。
「先生、その絵図面は場所の特定が難しかったようですが、どうし
て柳沢峠のような特徴のない場所で埋蔵金を見付けることが出来た
のですか?」
「はっはっはっ。それは絵図面ではなく、書き込まれた和歌の方に
暗号が隠されていたんだよ」
「和歌ですか?」
「そう。もっとも、わしが発見した訳ではなく、文殊の知恵という
奴でね。みんなで考えた末の事だよ」
「出来ればお聞かせ願えますか、その暗号とやらを?」
「ああ、良いよ。全部掘り尽くしてしまったからね」
源太郎は謎解きを公開した。
それによれば、
「たちならふかひこそなけれさくらはな
まつにちとせのいろはならはて」
を、字面通り
「立ち並ぶ甲斐こそ無けれ桜花
松に千年の色は習わで」
と書き換え、この解釈を試みたという。
つまり、絵図面に描かれた地形の場所を何箇所か探し当て、その
内、山桜の木の多い場所を選び出し、更に樹齢の高い松の木の有無を調査したところ、柳沢峠近辺だけで三箇所も樹齢数百年の黒松を発見した。
発掘は専ら人海戦術に頼った。
「なるほど、和歌がズバリ示唆していたのですか?」
幸一は、そう言いながら、頭の中では譲次が主張する長野県との
境界説は、どんな解釈から生まれたものかと考えていた。
「ところで、お父上の仰有った、ふーん、こんなものだったのか、
という言葉は、期待していた者の言葉としては聊か不自然な気がす
るのですが。余りに素っ気ないのではないでしょうか?」
この質問には宗田は黙っている。
どう答えたものか思案中らしい。
後ろに立っている梶原の落ち着かない気配が感じられた。
「いやいや、今日は余り立ち入った質問は控えましょう。ところで、
これだけはお聞かせ願えませんか。三箇所の埋蔵金の総額は結局幾
らになったのですか?」
宗田はほっとした表情で、
「いや、それが一箇所だけでね。他の二箇所からは何も出て来んか
ったらしいよ。なあ、梶原」
「はい、二箇所とも見付かりませんでした。只、最近改めて前に出
て来た所の周辺一帯を掘り尽くしてみました結果、多少の掘り残し
分が出て来ましたが」
「それで、一箇所で幾らになったのですか?」
「四十億程になったな」
「そうですか。多田健一郎さんには約束通り、その三分の一が渡さ
れたわけですね」
「ああ、五年前に掘り出した三十六億についてはね。梶原からもそ
う聞いている。なあ、梶原、そうだろ」
「は、はい。確かに」
暫くして、幸一達は宗田邸を後にした。
幸一の気持ちは今ひとつスッキリしていない。
肝心の質問に対する回答が得られなった。
幸一は本部に帰るや早速譲次に電話した。
「おい、譲次。今夜来れないか。週末なら問題なかろう」
「ああ、いいよ。なんか進展があったみたいだね」
「まあな、会ってのお楽しみだ。じゃ、待ってるよ」
譲次は甲府駅を出ると、駅近くの本屋に立ち寄った。
これまで得た知識の再確認をしたかった。
それは、武田家の系図の中身であった。
暫く立ち読みをしていたが、腕時計を見ると五時半を指している。
あっと言う間に時間が経っていた。
読書というものは結構時間を食うものである。
急いで店を出ると、団地行きのバス停に向かった。
「やあ、姉さん今晩は。兄貴帰っている?」
「あら、譲次さん、いらっしゃい。幸一さん未だだけど、もうすぐ
帰る筈よ。さっき電話があったから。譲次さんの大好物の田楽を作って置くようにって。でも、この辺のスーパーじゃお母さんの畑のような大根ってわけには行かないわ」
「ああ、いいんだよ。済みませんね、手を煩わせちゃって」
「いいえ、譲次さんからは、埋蔵金のその後の進展が聞けるから」
「あっはは、埋蔵金か。姉さんも結構こう言う話が好きなんだね」
「そりゃ、そうよ。警察官じゃ、想像もつかない金額なんでしょ」
「まあね、俺達商社マンだって、数千億円と言ったら一年間の売上
げだからね。大変な額だよ」
そこへ幸一が帰って来た。
「よっ、来てたか!」
「やあ、兄貴、お帰り。楽しみって何なの?」
「まあまあ。着替えくらいさせろよ」
頼子が走り寄り、甲斐甲斐しく手伝う。
睦ましい二人の様子を見詰める譲次の心は穏やかではない。
(俺もそろそろ真剣に結婚を考えるか!)
二人の酒盛りが進むに連れて話しの方も愈々佳境に入る。
「それじゃ、うちの先祖がその足軽だと言うのか?」
「そうなんだ。そればかりじゃなく、多田家の家来と言うので、佐
和ちゃんに頼んで仏壇を調べさせて貰ったんだ」
「何、他人の家の仏壇を引っ掻きまわしたんか?」
「うん、だって佐和ちゃんも興味津々だったもの」
「お前も、全く、凝り性なんだから。先祖の血を引いてるのかも」
「でも、残念ながらと言うか、良かったと言うべきか、結論は出な
かった」
「どうして?」
「多田家の一番古い位牌が享保年間のものだったので」
「それ以上遡れなかったというわけか?」
「そう」
「おい、お前もこっちへ来て一緒に飲めよ」
「そうだよ。姉さん、一緒に飲もうよ!」
譲次は顔も赤く、すっかり好い気分である。
今度は、幸一が宗田源太郎との面談で得た情報を報告し始める。
ひとしきり話した後、幸一はトイレに立つ。
帰ってきて、
「ええと、何処まで話したっけ?」
「あの和歌の新たなる解釈のくだりだよ」
「そうそう、その和歌なんだが、譲次。俺はお前の解釈とやらを詳
しくは聞いていないが、同じ和歌がまるで違った場所を教えている
というのは一寸おかしいんじゃないか?」
「うん、おかしいと言えばおかしいけど、俺の解釈の方がメインの
場所だと思うよ。武田家再興のための軍資金が今の価値にして僅か
数十億円ぽっちとは解せないよ。他家の例では数千億から数兆円と
いうのが相場らしいよ。それに、埋蔵の偽装工作は屡々行われたと
言うし。俺は、柳沢峠の分はカムフラージュって奴だと思えて仕方
がないんだ。大体、絵図面にしろ書き込んだ和歌にしろ、埋蔵金の
在り処を示すような代物が如何にも細工臭くて、怪しいよ。あの名
僧快川紹喜が巨額の軍資金をそんな単純な絵解きで判るような謎々
なんか作らないと思うよ。カムフラージュとして作った絵図面だね。
快川が作ったんだな。それをかねがね胡散臭く思っていた穴山梅雪
を騙すべく渡したんだ。但し、和歌は二段構えの意味を持つ信玄の
作を用いたんだ。当然、梅雪は和歌の真の意味を教えられていなか