黄金の秘峰 下巻
母親に注意されて、はっとすること度々であった。
其の内、二人は人目を忍んで逢引するようになった。
若い男女が逢引を重ねれば当然の事だが、いつしかフミは妊娠し
てしまった。
正太は父親の源太に其の事を告げ、二人の結婚を許すよう頼んだ。
ところが、其の時の源太の態度が意外だった。
「だめだ。絶対に!」
「何でだ?おらあ達は遊び心ではなく真剣なんだ。おらあ、フミに
結婚を約束してしまったんだ」
「何としても駄目だ!」
「だから、何で駄目なのか理由を聞かせて呉れ!」
「む、理由はあるが言えねえ!」
「日頃理の通らねえ事を嫌う親父が、何で又、そんな訳の分らねえ
強情を張るんだ?」
源太は腕を組んだまま口をへの字にしている。
結局、正太はフミに事情を話し、子供を堕ろすよう頼んだ。
話を聞いてフミは泣き崩れていたが、
「私、正太さんと結婚出来なくても赤ちゃんだけは産みます。だっ
て折角授かった正太さんの赤ちゃんですもの、堕ろすなんて絶対に
出来ません!」
と言い切った。
その毅然とした態度に正太は圧倒されるものを覚えた。
それから数年経ち、祖父の何回目かの法事を済ませた後の宴席で
突然源太が大声で喋り出した。
「皆さん、今日はお運び頂きまして有難う御座います。さて、父も
あの世へ参りまして既に丸十二年、就きましてはこれまで代々格別
なご協力を頂きました皆様にも宗田家とは一切縁が切れたとお考え
頂き、今後は何事もご自由にお振る舞い頂いて結構かと存じますの
で、宜しく」
宴席の途中での大声に皆驚いた。
「どうしました?もう酔ったんですか?」
そう言う声も飛んだ。
正太は源太の言葉の意味が判らなかった。
客が帰った後での宴席で一人飲んでいた源太が正太を呼んだ。
正太は父親の傍へ腰を下ろした。
見ると、源太は目に涙を貯めている。
「正太、済まんかった。フミとの縁談を許せなかったには、理由が
あったんだ!」
正太は内心、
(今更、何だ!)
と思ったが、
「なんだい、理由って?」
と聞いてみた。
「佐野の家ばかりでなく、今日爺さんの法事に来ていた大方の家が、
この宗田家に代々仕えて来た家来筋の者ばかりでな、時には我が家
の命令で人を殺めることさえ辞さなかったこともあるらしい。死ん
だ爺さんなどは、何人殺めさせたか判らぬくらいよ」
「親父、一体何の話をしてるのかね?」
「む、何の話、決まってるでねえか、軍資金の守り役よ」
「軍資金?守り役?初めて聞くな、そんな話!」
「そんな事はねえ、これまでも話してた」
「俺は初耳だよ。そんな話」
「ま、良かろう。この際、全部話しとこう」
源太は酔いながらも喋り始めた。
「実は我が宗田家は甲斐武田家の流れを汲む家柄でな。信玄公の秘
命で万が一の為に埋蔵してある武田の軍資金をお守りする役目を負
うているのだ。其の為に、時には埋蔵金を狙う者を始末することも
あった。現に、明治の世になっても、爺さんは何人かの人間を始末するよう指示したらしい。家来筋の者は命令には絶対服従が当たり前で、佐野家も又、例外ではなかった。人殺しの家柄の娘を、況してや、家来筋の者をお前の嫁に迎えるのが儂の度量では出来なかったんだ」
「そんな家柄とは驚いたな。いや、人を殺させる宗田家のことだよ。
自分で手を下さないだけ、もっと性質が悪いな。今更遅いが、若し
俺が結婚していなかったら、これからでもフミを嫁にするよ」
正太は無性に腹が立って、やり切れなかった。
未だに忘れようにも忘れられないフミの美しい容姿が目の前にち
らつくのだった。
(俺の息子、章夫も今が可愛いい盛りの筈だ。会いたいものだ!)
第八章 埋蔵金
幸一は部下一人を連れて宗田源太郎邸を訪ねることにした。
課長の葉山に同行を頼んだが、なんだかんだと口実を作って逃げ
られた。
(国会議員がそんなに怖いのか!)
と幸一は腹の中で笑った。
宗田の家は、甲府市内でも緑の多い愛宕山界隈の閑静な住宅街に
ある。
父親の正太が県議になって間もなく、それまでの草鹿沢にあった
家屋敷を引き払い、街中に引っ越して来たものである。
生垣越しに屋敷内の様子を窺うと、優に五百坪はあろうかと思わ
れる広い敷地に、数奇屋造りの豪壮な構えの母屋を中心に幾棟かの建物が並んでいる。
屋敷の正面にまわり、太い杉の門柱の脇に設けられたインタフォ
―ンのボタンを押した。
「どうぞ!」
と言う声と共に、目の前の潜り戸がカチャッと音を立てた。
押してみるとスーッと内側に開いた。
予め電話を入れてあったので待機していたようだ。
手入れの行き届いた植え込みの間に大きな敷石が並んでいる。
曲線を描いた敷石伝いに二十メートル程行くと一間半幅のガラス
の格子戸が見えて来た。
入母屋造りのどっしりとした構えの玄関である。
「御免下さい」
幸一達はガラス戸を開けて中に入った。
上がり框に六十過ぎの男が立っていた。
私設秘書の梶原庄造である。
警戒心を露わにした顔付きながら、
「どうぞ此方へ」
と言い、廊下を奥の方へ歩いて行く。
二人は広い三和土に靴を脱ぎ、薄暗く寒々とした廊下を彼の後に
従った。
かなり奥まった場所のドアを押し開いて二人を招じ入れた。
東南向きの洋風の客間は、天井まで届く大きなガラス窓から朝の
光が部屋いっぱいに降り注ぎ、暗さに慣れかけた二人の目を一瞬盲
目にした。
眩しさに目を細めて部屋内を見れば、仙境に遊ぶ仙人達の様子を
彫刻した紫檀か黒檀のテーブルを挟んで深々とした黒い皮製のソフ
ァーが置かれ、向かいに宗田源太郎議員が笑顔で待っていた。
作務衣姿の如何にも寛いだ様子である。
「やあ、ご苦労さん」
「山梨県警の小松です。朝早くからお邪魔して大変恐縮です」
「いやいや、構わんのだよ。この齢になると朝は早くてな」
幸一達は宗田に一礼してソファーに腰を下ろした。
梶原は部屋の入り口に起立している。
殆ど「気を付け」の姿勢である。
庭先にある奇岩をあしらった広い泉水には高価な錦鯉でも飼って
いるらしい。
ポチャンと音がする。
鯉が跳ねたようだ。
幸一はチラッと池の方を見遣ってから、口火を切った。
「先日、お電話でお話致しました通り、森山章夫氏の死亡に就きま
しては少々疑義が御座います。先ず確認させて頂きたいのですが森
山氏は先生とどう言うご関係で御座いましょうか?」
宗田は笑顔を絶やさず、幸一の口元を見詰めていたが、
「腹違いの兄だよ。親父が若い時に出入りの樵の娘に手を出して生
ませた子でね、私より四つほど年上だ。若い頃からグレだして、親
父が色々言えば言うほど益々悪の道に入って行って、結局ヤクザ稼
業で殆ど一生を終えた。全く親不孝の兄だった」
「そうですか。ご関係はよく分かりました。ところで、森山章夫氏
の死亡に就いてですが、ご存知の通り当初は自殺ということで発表
されましたが、その後鋭意調査の結果、実は自殺に見せかけた他殺
であるとの確証を得まして、爾来其の線で犯人の割り出しに努力し
て参りましたが、残念ながら未だに犯人逮捕には至っておりません。
就きましては、宗田先生のご協力を賜りまして、是非犯人の身柄確