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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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黄金の秘峰 下巻

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 十年前の譲次なら軽々と登れたこの山も、体重百キロ近い現在の体には余りにも過酷だったと痛感させられた。
 昨日の内に金峰山小屋に入ることは出来たが、今朝起きるのが一仕事だった。気持ちは起きていても体が未だ寝ているのである。
 それでも、どうにか暗い内に小屋を出て二百メートルの登りを這うようにして登って来た。
 青息吐息とは此の事か。
 我ながら齢を取ったものだと痛感する。
(実の処、只の肥り過ぎなのだが)

「おい、佐和子、信晴。こっちへ来てご覧」
「えっ、なーに?」
母子が声を揃えて譲次の立っている玄武岩の傍に寄って来る。
(あの佐和子だろうか?)
スラックス姿のスラリとした中年の美人は目元を見れば確かに多
田佐和子に違いない。
が、体型が全く違う!
あの多田酒造の女社長時代の恰幅はどこへ消えたものやら、細面
の美貌に加え八頭身の整った躰は十歳以上若く見える。
譲次との結婚が決まってからと言うもの、スマートな譲次に申し
訳ないと言って、ダイエットにダイエットを重ね、好きな酒まで止めてしまい、すっかり別人のような体型に変えてしまった。
(好いた男の為ならば!)
女の一念とは恐ろしいものだ。
逆に譲次は酒やらご馳走やらで体重が大幅に増えてしまい、丁度
二人の体重が入れ替ったような形になってしまった。

八年前の年明け早々だった。
突然訪れた譲次の口から結婚話が切り出された。
「佐和ちゃん、そろそろ結婚すべきじゃない?」
「結婚?そうね、でもこの会社はどうなるの。潰しちゃうの?」
「潰さなくとも、結婚は出来るだろ」
「ああ、お婿さんを貰うと言うのね」
「そう。そうすれば結婚と両立出来るだろ」
「それはそうでしょうけど、今時酒屋の親父さん候補なんていると
思います?お爺ちゃんじゃ、嫌よ」
「若くても、いないとは限らないよ」
「先ず無理でしょうね。それにこの歳じゃ」
「そんな事ないよ。まだまだこれからだよ」
「どうしたの、今日は。お酒が入ってる様子もないのに」
「実は、白状すると、俺、結婚しようと決めたんだ」
「あら、それは結構ね。やっとその気になったの。譲次さんこそ、
早くお嫁さんを貰わなくっちゃ。私の心配なんかしている時じゃな
いわよ」
「然し、相手の態度が未だハッキリしてないんだ」
「何故?先方さんは何か躊躇することがあるって言うの?」
「いや、要は俺の気持ちが伝わっていないだけなんだけどね」
「あら!未だ何にも話してないの?」
「そう」
「それじゃ、始まらないじゃないの」
「そうなんだ」
「思い切ってご自分の気持ちを先方さんにぶつけてみては?」
「わかった。じゃ、言うよ。佐和ちゃん、俺と結婚してくれ」
「えっ、わたし?からかわないでください!」
「真剣だよ。俺、十分考えた結果なんだ」
「あははは」
「笑うことないだろ」
「だって、余りにも出し抜けで」
「だけど、時間を掛けりゃいいというものでもないよ」
「でも、私は二歳も年上よ」
「二歳ぽっち、どうって事ないよ。世の中には十歳も二十歳も年上
の奥さんだっているんだよ」
「そうかも知れないけど、お母様がきっと反対なさるわ」
「お袋?お袋は佐和ちゃんなら申し分ないって大賛成だよ」
「あらまあ、私の知らない内に、随分と手回しの良いこと!」
「だからさ、俺と結婚しない?」
「それで、お母様は譲次さんがお婿さん入りしても良いって仰有っ
てるの?」
「俺は次男だよ。小松の姓は兄貴が継いでいる」
「そうね。でも、私にも考えさせて。勿体ぶるわけじゃないけど、
余りにも急で、気持ちの整理も出来てないし。矢張り、一生の問題
ですし」
「そりゃ、そうだね」
「でも嬉しいわ。譲次さんが、私の事を其れ程までに考えてくれて
いらっしゃったなんて。だって、これまでそれらしい様子は一度も
見せて呉れなかったんですもの」
「内心思っていても何か照れくさくって、却って平然と振舞ってし
まうものさ」
「男の人って、そういうものなんですね」
「兎に角、返事は早いほうが良いな」
「承知しました。早急にご返事致します」
恰幅の良い和服姿の佐和子に丁寧にお辞儀をされて、譲次は自分
が恰もセールスマンか何かでもあるかのような錯覚を覚えるのだっ
た。

それから半年程経って、譲次は会社に辞表を出した。
同僚たちは、酒好きの譲次に、良い酒を造るのは結構だが自分で
飲んでばかりいちゃ会社を潰すぞとからかった。
こうして、譲次は永くもなかったサラリーマン生活に終止符を打
つと、いそいそと酒造屋の親父に納まってしまった。
多田酒造は二代に亘り婿を取ることとなった。
兄の幸一は、譲次のそうした変貌を、半ば驚きの眼差しで見てい
たが、或る日、妻の頼子にしみじみと洩らした。                              
「自分の弟でも分からない事があるものだ。あいつが酒屋になるな
どとは、想像もしなかった。あの変わり身の早さは一体どこから来
るんだ?商社というスピードを身上とする環境で身に付けたものか
な?」

太陽が顔を出し掛けた時、小川山に向かう稜線の中程にキラリと
光るものが目に入る。
(大日岩だ!)
ご来光どころか反対側を眺める譲次に、
「お父さん、どっち向いてるの。ご来光はこっちだよ」
七歳の息子の信晴が言う。
「ほら、二人共見てごらん。あの金色に輝いている岩の下には、何
千億円という武田の財宝が埋まっているんだよ」
 譲次はそう言いながら、大日岩を恨めしそうに見詰めている。

今から凡そ九年前、掛け軸に書かれた武田信玄作の和歌と、小松
家に伝わる古謠から、武田の軍資金の埋蔵場所を示す暗号解読に成功した。

 当時、掘り出せない事を承知していながらも、譲次は尚身内に昂まる探究心を抑えることが出来なかった。
 山梨県の六万分の一の縮尺地図を購入し、長野県と山梨県の県境を示す赤線を眺めていた。
 そして、ふと気付いた。
小川山から金峰山にかけては境界線が略南北に走っている。
つまり、この境界線に沿う尾根自体は東西に面している事になる。
此の尾根上の花崗岩から成る東向きの岩稜が、朝日をまともに受
ければ、当然黄金色に輝くことになろう。
そこで、稜線上で目に止まったのが、「大日岩」という文字であ
った。それまで用いていた三十三万分の一の地図では、記載されていなかったものだ。
 譲次が、危うく落石の難を免れた場所である。
(待てよ、「大日」と言ったら!)
改めてよく考えてみれば、「大日」とは「大日如来」のことでは
ないか?
 つまり、「仏の岩」と言い換えることも出来よう。
 当時地元の村人の間で、こうした呼び名が一般的だったとしてもおかしくはなかろう。
 大日如来は如来の中のボスである。
すべての神仏を深く信仰した武田信玄が大切な軍資金の埋蔵場所
に大日如来の腹の中を選んだことは、考えて見れば至極当然の様に思える。
(何故今まで気付かなかったのだろう!) 

その後、譲次は幾度か大日岩に登っては長野県側の基部を隈なく
探索した。
しかし、固い岩石の何処をどうすれば、数千億円の埋蔵金を発掘
出来るのか、皆目見当がつかなかった。
作品名:黄金の秘峰 下巻 作家名:南 総太郎