黄金の秘峰 下巻
ひょっとして、大黒柱に千切れて残った紙切れに詳しい埋蔵方法が記されていて、発掘の仕方も説明されているのではないかと考え、懐中電灯を持って実家の縁の下に潜り込んでもみた。
しかし、奇妙な事に大黒柱の根元を散々捜したが、穴らしきものは全く見当たらなかった。
明治の改装時に、大黒柱も取り替えてしまったのだろうか、それとも、伝説自体が小松家の事ではないのだろうか?
単に、譲次だけがそう思い込んでいただけなのだろうか?
祖母から聞かされた話にしても、由良爺さん同様、村の伝説を寝物語に聞かせて呉れただけかもしれない。
そうなると、あの古謠にしても、果たして小松家だけの言い伝えかどうか疑わしくなって来る。村内で歌い継がれて来た里謡かも知れない。
譲次は自分の粗忽な性格を思い返すのだった。
それにしても、こうして眺めると這松の緑の中に黄金色に輝く大日岩は、確かに目に付く目印である。
例の和歌が示す通りである。
たちならふかひこそなけれさくらはな
まつにちとせのいろはならはて
(太刀並ぶ甲斐こそ無けれ佐久ら端松に千年の色は習わで)
自分の目で見ていなければ、かくも見事にこの風景を詠み込むこ
とは、不可能だろう。
やはり、信玄はこの地点に立ったことがあるのだ。
恐らく、文芸にのめり込んだ若き晴信時代であろう。
それにしても、自分が生まれ育った甲斐の国を眺めて、一体彼は
何を感じ、何を思ったか?
譲次には分かるような気がする。
高校時代に付近の山に登る度に狭い甲府盆地を見下ろしては外界
への夢を膨らませたものだ。
「山の彼方の空遠く・・・」
生まれ育った土地の風景が人の潜在意識に与える影響は大きい。
自分は、海外雄飛を夢見て中堅商社に入った。
(もっとも、今は酒造屋のおやじだが)
信玄にしても、この広くもない盆地から周囲を取り巻く山々を越
え、産物の豊かな隣国へ、更には広い日本国全土へ何としても飛び出したいと考えたろう。
夏暑く冬寒い、この小さき甲斐の国に閉じこもっていては、天下
取りの夢も、文字通り只の夢で終わってしまう。
信虎、信玄、勝頼の三代に亘る隣国への侵略はこの動機あっての
事だと譲次は確信する。
それにしても、当時天下無敵と言われた軍団を有しながら、志半ばにして一人病魔にとりつかれ無念の内にこの世を去って逝った武田信玄、更には、父信玄の遺言であった西上作戦の成功を見ずに信長に追われ自害して逝った勝頼の心情たるや、如何ばかりであったろうかと多田譲次の想像は終りを知らない。
(終り)
参考文献
日本の埋蔵金 畠山清行著 番町書房
定本武田信玄 磯貝正義著 新人物往来社
警察官僚 神 一行著 勁文社
検死読本 芹沢常行著 立花書房
日本陸軍がよくわかる事典 太平洋戦争研究会 PHP文庫
山梨県の歴史散歩 山梨県高等学校教育研究会 山川出版社
社会科部会
神隠し 小松和彦著 弘文堂
ヤクザ D.E.カプラン 第三書館
Aデュプロ 共著
松井道雄訳
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