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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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黄金の秘峰 下巻

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「ちがうよ、でいこくさまのかみをくい、が抜けたよ」
「ああ、そうか。それにしても謠にしちゃ、随分単調だね」
「ああ、そうだね。謠というよりは語りだね」
「語りか。この意味分かる?」
「意味かね。そこまでは聞いてなかったね」
「どうも有難う。助かったよ。じゃね」
「はいよ。元気でな」
「お袋もね。じゃ、バイバイ!」
「バイバイ!」

譲次は出勤の準備を始めながら、教わったばかりの祖母の謠を繰
り返し暗誦した。
この古謠は一体何を言わんとしているのか?
車中でも、意味の解明に頭はフル回転しっぱなしだった。
新橋駅で下車し銀座七丁目のオフィスまでの間も相変わらず謠の
解釈に賢明だった。
顔馴染みの他部門の上司にポンと肩を叩かれて驚く始末だった。
「どうした。何か心配事か?」
「ああ、お早うございます。別に心配事はないんですけど」
「あ、そう。そんなら良いけど」
「部長は山登りは?」
「山登り?余りやらんね。学生時代に一寸やっただけ。君は山が専
門のようだね。この前も素敵な紅葉撮ってたじゃない。あれは秩父
辺りの渓谷じゃないの?」
「えっ、よくお判りで。増富ですよ。ご存知で?」
「うん、この前、家族と行って来たばかりだよ」
「そうですか。温泉に入られました?」
「ああ、入ったよ」
「ラジウム東洋一、わたしもあそこのファンなんですよ」
「そうかね。ところで、あのずっと奥の黒森で、殺人事件があった
んだって?」
「黒森で殺人事件ですって?知りませんでした」
「なんでも、被害者は暴力団だとか。今朝のテレビで言ってたな」
「暴力団?」
譲次の脳裏に香港で出遭った「近寄ると危険」のおっさんの顔が
浮かんだ。
(まさか、彼のことではあるまい?)

昼飯の時間になった。
シチューの旨い店に行こうと言う同僚の誘いを断り、譲次は敢え
て普段は敬遠している社員食堂に入った。
妙に糊っぽいカレーを掻き込むと、テレビのニュースを食い入る
ように見詰めた。
黒森での事件の報道がはじまった。

昨夕、山梨県警本部へ一一〇番通報があり、山梨県と長野県との
県境にある信州峠近くの林道で刺殺死体が発見された。
発見者は通りすがりのハイカーだった。
所轄のN署が現場に急行し調べたところ、死体には胸、腹、背中
に数十箇所の刺し傷があったので、怨恨等による他殺死体と断定し、
早速捜査を開始した。それによると、被害者は甲府在住の暴力団堀
田組組長の堀田勝弥四十九歳であった。
黒森の住人の一人が目撃したところによると、昨日午後二時ごろ
釜瀬林道から下りて来て黒森鉱泉に向かう白いセダンに乗っていた人物に良く似ていると言う。
他にも数人同乗していたが、顔をハッキリ見ていない。
警察は、彼等が金山平方面から登って来て、金山峠を越えて黒森
に入ったと考え、増富、金山平方面での目撃者の有無も調べていると言う。
刺創の数が多いことから、数人による殺害と判断され、暴力団同
士の争いの可能性が高いとの事。
譲次は、画面の顔写真を見て全くの別人と分かり、何故かほっと
するものを感じた。

其の日の午後、N署刑事課の電話の一つが鳴った。
「課長、課長に話したいと言ってますが?」
「誰だ?」
「名前を言いません」
「分かった。俺が聞く」
山田課長は頭を掻きながら受話器を取った。
(そろそろ洗髪しなきゃ)
と思う。
「もしもし、どちらさんですか?」
「私、サガと言いますが、実は人を殺しました。テレビのニュース
でやっているアレです。どうすれば良いんでしょうか?」
「えっ、人を殺した。サガ何と言うの?」
「サガヒトシです」
「ああ、そう。サガヒトシね。じゃね、今何処から電話してるの?
N市内?」
「いいえ、黒森の温泉です」
「ああ、黒森鉱泉ね。分かった。じゃね、そこにジッとしていて。
ところで、仲間も一緒かな?」
「ええ、三人ともいます」
「あんたも入れて三人かな?」
「はい、そうです」
「わかった。じゃね、これから迎えに行くからそこから動かずにじ
っとしていてね。ああ、そうだ。宿の人はいるかな?」
「はい、傍にいます。実は宿の主人に自首を勧められたのです」
「ああ、そう。一寸、ご主人に代わって貰える?」
「はい」
「もしもし、ご主人ですか?N署の山田と言います。初めまして」
「ああ、刑事さん、どうも」
「この度はどうも有難うございます。自首を勧めて貰ったそうで」
「いえね、テレビのニュースを見てて、三人共ひどく落ち着かない
様子なので、お節介ですが事情を聞いたのです」
「そうですか。私共これから即刻そちらへ向かいますので済みませ
んが、彼らが気が変わらないように様子を見てて貰えませんか?」
「ああ、大丈夫です。大人しい人達ですよ」
「じゃ、よろしく。直ぐ参りますから」
山田は受話器を置くと、待機している数人の部下達に言った。
「それ、黒森にもう一遍だ!」
「はい」

数時間後、N署の取調室にサガヒトシが腰掛けている。
他の二人も別室でそれぞれ聴取に応じている。
課長の山田が直に質問を始めた。
「さて、あんたの本籍地はどこかな?」
「山梨県塩山市千野xx番地です」
「ここで生まれたの?」
「はい、そうです」
「住所は?」
「住所は今はありませんが、最近まで青木組の事務所に寝泊りし
てました」
「青木組?青木組と言ったら香港で死んだ青木準次の所じゃない
かな?」
「そうです。良い親分でした」
「そうか。となると、仕事は、と言っても?」
「はい、無職です」
「だよな。それで、名前のサガヒトシは、漢字でどう書くのか
な?」
「佐賀県の佐賀、一等二等の等です」
「生年月日は?」
「昭和四十九年四月三日です」
「と言う事は、今二十歳と十ヶ月かな?」
「はい、そうです」
「何でまた、堀田を殺ったのかな?」
「青木の親分を殺ったのは香港の連中ですが、裏で堀田の奴が糸を
引いていたんです」
「どうしてそれが分かったのかな?」
「堀田が香港で仲間と喋っていたのを偶然耳にしたんです」
「ほう、それで何故殺ったか喋ってたかな?」
「はい、甲武建設の森山社長を殺ったのはウチの親分だけど、頼ん
だのは駒井専務だったことがバレナイ様に念のため口止めしたと言
ってました」
「ほう、森山章夫殺しの犯人は青木準次だったのか?」
「でも、ウチの親分は仕方なく殺ったんです」
「仕方なくとは、どういうことかな?」
「青木組を解散するには俺達の更正資金が必要だと言ってカネの工
面に走り回っていた時、駒井が三千万円で森山社長殺しの話を持ち
かけて来たんです。親分は一旦断ったんですが、どうしても俺達の
ためにカネが欲しかったんで、引き受けたんで」
「なるほど、そう言う事情があったのか?」
「はい。ところが、堀田は俺たち三人をうまく堀田組に誘い込めば、
更正資金も要らなくなり、三千万は支払う必要がなくなると考えた
んです。でも、俺たちは本気で足を洗う積もりだったので、金を呉
れと言ったら、そんな金は無いと抜かしやがったんです。俺たち我
慢が出来なかったんです。余りにもやり方が汚い。親分は可哀想に
すっかり騙され、タダ働きさせられた上、殺されたんです」
作品名:黄金の秘峰 下巻 作家名:南 総太郎