黄金の秘峰 下巻
「そうは見えないね。宗田議員かな?彼にも来て貰おう!」
梶原は俯いてしまった。
山田は記録を取っている補助員に宗田家へ電話するように指示し
た。
補助員は部屋を出て行った。
それを見ていた梶原が突然叫んだ。
「刑事さん、済みません!」
「どうした?」
「私の本名は武田庄造です。梶原ではありません」
「む、梶原じゃない。どう言う事だ?」
「私の先祖は、恵林寺の僧で宗智と言い、織田信長が寺を焼き討ち
に・・・」
「おいおい、一寸待て!記録を取っている係員が戻って来るから」
「はい」
補助員は戻ってくると、
「宗田議員は外出中だそうです」
と、山田に耳打ちした。
山田は頷きながら、
「ああ、いいよ。梶原、いや武田。話を始めて良いよ」
「はい、では。私の先祖は、恵林寺の僧で名を宗智と言いますが、
伝え聞くところによりますと、織田信長が天正十年甲斐を攻めて来
て恵林寺などを焼き討ちした際、快川和尚が武田の血筋をまもり、
お家再興の為の巨額の埋蔵金を見守れとの信玄公の命令を伝え、宗
智だけ逃げるように取り計らって呉れたそうであります。私はそう
した家柄に生まれ、祖父や父の教えを継いで埋蔵金を守る秘命のた
めに尽くして来た次第です」
「ふーむ。それで、その埋蔵金と言うのは、何処にあるのかね?」
「いえ、そればかりは。四百年の家訓でありまして、明かす訳には
参りません」
「警察に言えないというのかね?」
「はい、申し訳ございません」
「武田、いい加減にしろよ!犯行の原因を明かさないで警察で通用すると思っているのか?」
「済みませんが、黙秘権を使わせて頂きます」
そう言うと、梶原こと武田は口を噤んでしまった。
山田も仕方なく、取り調べを一旦打ち切ることにした。
山田と幸一が机で一服していると、宗田が帰宅したとの報告が入
った。
「即刻、出頭するよう伝えてくれ!」
係員はその旨を電話で宗田家に話している。
了解が取れたようだ。
「課長、すぐ来るそうです」
「ああ、有難う」
宗田家はN署から十五、六キロは離れている。
三十分余りして宗田議員が姿を現した。
幸一も出迎えた。
「梶原が逮捕されたとか?」
「ええ、殺人未遂の現行犯で。先ほど」
「一体、誰を?」
「小松譲次という者を」
「小松?まさか、あんたの身内とか?」
「そうです。私の弟です」
「そりゃ、どうも。とんだ事をしましたな」
宗田源太郎はそう言って頭を下げた。
「まあ、立ち話じゃ何ですから、部屋の方で」
と言って、山田が取調室に案内した。
宗田はオヤッと、と言う表情をしたが黙って山田に従って取調室
に入った。
幸一もそれに続いて部屋に入る。
山田の合図で幸一が宗田の前に腰を下ろした。
係員がお茶を持ってきて、机の上に置いた。
出涸らしの茶から湯気が立っている。
宗田にとっては、取調室は初めてではない。
数年前、新聞テレビを賑わした巨額の贈収賄事件に際して、東京
地検による執拗な取調べを数回経験している。
ゆったりと構えて幸一を見詰める。
「本日はお忙しいところ、ご協力有難うございます」
「いやいや、用事も済んだから」
「先生、信玄公の埋蔵金については柳沢峠で三十六億円の発掘に成
功され、それを多田健一郎、甲武建設、先生で三等分されたとのお
話でしたが、実は梶原が預かった十二億円を独り占めせんと、多田
健一郎を金峰山で殺害していたのです」
「えっ、梶原が。だが、あんたがウチへ来た時も確認したように」
「あれは。嘘だったんです」
「嘘。わしに嘘を付いたというのか。けしからん奴だ!」
「それから、梶原は本当は武田の姓で、先祖は宗智とか言う恵林寺
の僧だと言っていますが、本当でしょうか?」
「そんな事を言ったのか。それは儂が以前梶原に話したことで、彼
の先祖とは違いますな」
「違いますか?」
「宗田家の先祖こそ、恵林寺の僧、宗智でね。宗田の宗は宗智の宗
から取ったと聞いてるね」
「そうですか。梶原は何故嘘を付いたんでしょうね?」
「ああ、あいつにはあいつなりの哲学があってね。恐らく、気を回
したんだろう」
「気を回すですか?」
「そう。私を庇ってのことだろうが」
「先生を庇ってのことですか?」
「うむ、あいつは何かに付け一生懸命に尽くして呉れるので、私設
秘書として働いて貰ってるんだがね。何でも武田の家来筋の家柄と
か言ってたがな」
「なるほど、家来筋の家柄ですか」
「信玄公の時代の寄り親寄り子制度の名残というか、親分子分の気
質が強く残っている土地柄だが、あいつは特にそうした傾向の強い
男でな」
「先生、信玄公の埋蔵金の大半は未だ手付かずに保存されているの
ではありませんか?」
「柳沢峠で四十億も掘り出した後で、未だあると言うのかね」
「いざと言う時のお家再興の軍資金が僅か数十億円とは合点が行き
ませんのでね」
「ほう、なかなかの推理ですな」
「先生、柳沢峠はカムフラージュなんでしょう。殆どは全く別の場
所に埋蔵されているのではありませんか?」
「なるほど。この質問に梶原は困ったんだな」
「彼は黙秘権を」
「じゃ、わしも黙秘権を使おうかな」
そう言って、宗田は笑った。
「先生も言えませんか?」
「まあな。我が家の家訓だからな。ワシの代で世間に公表するのは
どんなものかな」
「大体の場所だけでも教えて頂けませんか?」
「金峰山だよ」
「それはそうでしょうが、もう少し場所を絞って」
「何故なんだね?あんたが掘ろうとでも?」
「まさか。そんな簡単に掘り出せる筈がないでしょ」
「良くご存知で。実は我が家も明治の世になり発掘しようと色々や
っては見たんだが結局駄目だったらしい」
「駄目ですか?」
「そう。流石、当時の専門家が埋めただけあって簡単には掘り出せ
ない。余程、上手に埋めたらしい。今更お家再興でもないので、本
当は掘り出して使いたいのだが」
「ところで、父上の正太さんが、何故掛け軸に興味を持っていた割
りには現物を見て感動しなかったか、その理由が判りましたよ。埋
蔵金監視の役割を宿命とする宗田家としては、その金峰山の分の埋
蔵場所が書かれていたら、という心配があったからですね」
「其の通り。まさにカムフラージュの分とわかり、父はほっとした
んですな。我が家には掛け軸など伝わってはおらんからな」
「さて、先生。失礼とは思いますが、梶原の行為について先生は全
く関知していなかったと言うことですか、念のため確認させて頂き
たいと思います」
「小松君、ハッキリ言っておくが梶原の多田健一郎君殺害について
又、貴君の弟さんに対する殺人未遂の件について、ワシは一切教唆
もしていない事を誓うよ。梶原にも確認してみて呉れ」
「分かりました。しかし、先生の事に就いては、梶原が本当の事を
言うとは思いませんね」
「兎も角、これで帰らせて貰うよ」
「はい、今日のところは。でも埋蔵金の不法取り扱いについては、
改めて調べさせて頂きますので、宜しく」
宗田源太郎は憮然とした表情で部屋を出て行った。
第十章 執念
昭和二十一年(一九四六年)
「父ちゃん、駄目だよ、起きちゃ!」
芝居小屋の片隅で男が筵の上に手を付いて座っている。