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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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黄金の秘峰 上巻

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 『 黄金の秘峰 』   上巻        南 総太郎 作                              
                      
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                              
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 甲府市及び塩山市を含む秩父山塊の地図挿入
 
 黒森から撮影した瑞牆山の写真挿入
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 序章
 
 第一章  疑念
 
 第二章  絵図面
 
 第三章  復讐
 
 第四章  黒社会
 
 第五章  三十一文字
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


序章
 
 元亀四年(西暦一五七三年)陰暦四月十二日、武田信玄は信州駒場の地において五十三年の波乱の生涯を閉じた。
 念願の西上作戦に出発はしたものの持病の胃癌が悪化した為、已む無く甲州へ引き上げる途次での事だった。

 死に臨んで、子の勝頼に告げたと言う。
「儂は近隣諸国を思うが侭に領有して来たが、念願の京の都に我が武田の旗を打ち立てられなかったが一番の悔いじゃ。儂が死んだと知れば、仇敵が攻めて来るは必定ゆえ、三、四年は死を秘匿し、領有した分国の防備を固め兵の育成に励め。その上で、一度でも京に攻め上ることが出来れば、儂はあの世で歓喜するであろう」
 
 其の年の七月、年号は天正に改元された。
 それから僅か九年足らずの天正十年三月十一日、武田討伐の織田軍に加わる滝川一益、河尻秀隆等の兵に追われた武田勝頼以下一族郎党五十余名は、天目山下の田野山中で自害した。
 三日後の三月十四日、信長が伊那で武田勝頼、信勝親子の首実検を行なったと史書は記している。
 源頼朝を玄孫に持つ八幡太郎義家の弟、新羅三郎源義光の曾孫である武田太郎信義以来十七代、四百年続いた甲斐武田家は滅亡した。
 かくて、信玄の勝頼への遺言、京の都への武田軍侵攻の夢は果たされずに終わった。 

 翌四月の三日夕、武田信玄の菩提所、塩山の乾徳山恵林寺の境内は織田の兵達によって占拠されていた。
 此の日、信長は甲斐府中(甲府)に入ると、他の二寺と共に此の名刹を僧侶共々焼き討ちするよう命じた。

 本堂其の他の僧坊の周囲には藁束がうず高く積まれ、寺内や近郷から徴収された大量の胡麻油や種油が振り撒かれた。
 兵達が火を付けるや否や境内の随所から炎が上がり、忽ち戸障子に燃え移る。  
 いずれの僧坊にも人の気配は全く無く、炎は軒先から屋根へと舐めるように這い上がって行く。
 火勢が強まるにつれ熱せられた空気は旋風を起こし、油混じりの黒煙は渦を巻いて空高く舞い上がった。
 広大な境内に鬱蒼と生い茂る木々の青葉は、時ならぬ熱風に煽られ、ざわざわと大きく揺れ動く。
 肌を焼くような熱さに耐えられず境内に集う兵達も山門の方へと後退した。
 そこには既に大勢の僧達が集められ、左程広くもない山門楼上へ次々に追い遣られている。
 僧達の口々から読経が流れる。
 八十人を超す当山の総べての僧が楼上に押し込められると、山門の周囲の藁束にも火が付けられた。
 強い風に煽られ、忽ち山門全体が炎に包まれる。
 竹や木の弾ける音に混じり聞こえて来る読経の声が、一際大きく、そして早くなる。
 山門が巨大な火の塊と化す頃、読経は呪いを含む怒号と断末魔に変わった。
 遂に山門の梁が焼け落ち、どっと火柱が上がった。
 此の光景を見守る織田の兵達の表情は、困惑と不安に歪んでいる。
 信長の狂気を帯びた相貌が脳裏に浮かぶ。
 主命とは言え、再三繰り返される気違いじみた行為がいずれ仏罰を受けるのではないかと心底恐れていた。
(仏罰か否かは知れぬが、僅か二ヶ月後の本能寺の変で信長は横死している)
 誰からともなく読経が始まり、いつしか兵達全員が唱和していた。
 すっかり日が落ちて暗くなった甲斐の夜空を真っ赤に焦がして、
名刹恵林寺は燃え続けた。
 
 この経緯を近くの小高い丘の赤松林から終始見守る中年の僧がいた。寺男姿ながら剃髪の頭を丸出しにして、先刻来一心に声を忍ばせて経を読んでいる。

此の日の昼過ぎ、府中に入った信長が寺を焼き討ちしているとの
第一報が入った。
それを追う様にして、織田の兵達が大挙して恵林寺に押しかけて
来るとの通報があり、寺中が大騒ぎになった。
その騒ぎの最中に、寺主の快川紹喜国師は一人の僧を部屋に呼び
入れた。
「宗智殿、信長め堪忍袋の緒が切れたようじゃ。遠くは延暦寺の焼き討ち、去年八月には高野山で千人余りの僧達を断罪にしおった彼奴のことじゃ、この寺も僧達共々焼かれるは必定、恐れ多いことじゃ。信玄殿に申し訳が立たぬ。元はと言えば、拙僧の信長嫌いから始まったことじゃが、此度、将軍義昭殿の信長追討の密使を当山が匿っていると腹を立ておっての。八十を越す拙僧は兎も角、先のある僧達が不憫でならぬ。さりとて、多くの追っ手を後にして逃げおおせるものでもない。然し、宗智殿は今が死に時ではござらっしゃらぬ。先月、勝頼殿以下御一統の方々が敢え無き最後を遂げられ、武田の血は表向き絶え申された。他家の御養子になられた弟御の信友殿や甥御の信清殿も、武田の血の根絶やしを考えおる信長の手前、御養子先もお二人の命乞いこそすれ、武田姓を名乗らせるなど目立つ動きはなさるまい。なれば、残る宗智殿お一人が武田の血統を継ぐべきお人じゃ。聞けば信玄殿の父君信虎殿が既に思案済のことで、万が一の場合のために武田家の内一人は僧にして血統を絶やさぬようにと、それで宗智殿が当山に預けられたそうな。然し、相手が信長では僧侶とて危険じゃ、否、却って危険じゃ。事此処に至っては先ず身の安全を計らねばなるまい。就いては、信玄殿との内々の約束じゃが、万が一の際のお家再興の軍資金を山中深く隠匿してある故、いずれ時期到来の折まで宗智殿に監視するよう、拙僧からお願いする次第じゃ。信玄殿は不足のない額の甲州金を用意され、埋蔵地は信玄殿と拙僧で考えた末、一旦聞けば忘れ難い地を選び、念の為歌にも詠んであるのじゃ。今、それを宗智殿に伝授する故、もそっと近こう寄り為され」
 快川はそう言うと、にじり寄った宗智の耳に何やら告げた。
 武田家の重大な秘密を誰にも盗み聞きされぬよう配慮する老僧の、珍しげな仕草にも宗智は一層身を固くして、一語も聞き漏らすまいと耳をそばだてた。
 快川に急き立てられるようにして袈裟を脱ぎ捨て、寺男の姿に変装すると、頭に手拭いを被り寺の裏手へと向かった。そして西方の小高い丘に駆け上ると木陰から寺の様子を窺い始めた。
 
 目に映る甲斐の山々は初夏の陽射しに白く光っている。
 此の風景を日々眺めながら、この恵林寺で略三十年を過ごした。
 今や、寺主の快川国師他の僧達やこの恵林寺とも永久の別れかと思うと、宗智はまるで両の瞼に焼き付けるかのように、寺をじっと見詰めるのだった。
作品名:黄金の秘峰 上巻 作家名:南 総太郎