終わらない僕ら
【8】 YUKIYA
一昨日の晩から体がだるくて、どうも調子がおかしいと思ったら熱が39度近くあった。
昨日今日と学校を休み、ひたすら睡眠をとったら、だいぶ熱もひいた。
遮光カーテンを閉め切った部屋の中はひどく暗い。昼過ぎに薬を飲んでウトウトして、ついさっき目が覚めたら、もう真夜中かと思った。ベッド横のカーテンを少し開けたらオレンジ色の空が見えて、まだ夕方なのかと気付く。
もう学校は終わっている時刻だ。要はもう帰っただろうか? それとも宮野さんと寄り道をしているのだろうか・・・。
そこまで考えてハッとして大きくかぶりを振る。まただ。あの日から結局何も変わらないし変えられない。
1ヶ月近く経つのに、まだ未練がましく要を想っている自分がいる。
「明日は学校行かないとな・・・」
久しぶりに声を出したら低く掠れていた。
体の不調は精神的なものではないかと考えている。喉が痛むわけでも、鼻水が出るわけでもなく、ただただ熱にうなされ頭痛が酷かったからだ。母さんには、無い脳みそを使い過ぎたんじゃないかとしきりに笑われた・・・ひどい母親だ。
確かに、あの日以来よく頭を使っている気がする。たくさん悩んで考えた。何一つ解決策は見つかっていないけれど。
ただ、揺るぎない気持ちもちゃんとあって、これ以上要に迷惑をかけたくないって気持ちは常に根底にある。
それならば、答えは簡単なはずだ。要の友人として、彼女との関係を温かく見守ればいい。
でも、それがどうしてもできない。二人の寄り添う姿を想像するだけで胸が締め付けられる。目をそむけたくなる。
―――コンコンッ。
ふいに部屋のドアをノックする音が聞こえた。母さんだろうか? いや、母さんならノックなんてせずにズカズカと部屋に入り込んで来るはずだ。父さんはまだ仕事だし、妹の春菜ならノックより先に「おにぃー!」という元気な声が聞こえてくるはず・・・。
「ユキ、入るぞ・・・」
ノック後に聞こえたその声に、僕は軽いパニックに陥った。
(要!?)
僕を『ユキ』と呼ぶのは要だけだ。それに、声だって聞き違えるはずがない。とっさに僕は、ドアに背を向ける形で寝返りを打ち、頭から布団をかぶった。体中の血液が沸騰しているみたいに全身が熱い。どうする? どうしよう!!
ドアが開き、背後で部屋の空気が動く気配がした。
「ユキ? 寝てる?」
すぐ傍で声がした。低く甘い、よく通る声だ。このまま寝たフリを続けるわけにも行かず、僕は観念して布団をかぶったまま声を絞り出す。
「今起きた・・・。どうしたの?」
「どうしたのって、2日も休んでるからさ、様子見に来た。具合いはどう?」
「もうだいぶいいよ。ありがと・・・」
せっかく見舞ってくれたのに、背を向けて布団までかぶっているのは正直どうかとは思う。分かってはいるけれど、要の顔をこの目に映して平静でいられる自信がない。
要はどうやら、勉強机の椅子をベッド脇に移動させ、腰掛けたようだ。できることならもう帰って欲しい。僕の心臓がもたない。
「おばさん相変わらずパワフルだな。玄関先でマシンガントークされて、それだけで日が暮れるんじゃないかと思った」
母さん・・・どうしてそう話好きなんだ。彼にある事ない事話したんじゃないかと考えると、さらに心臓に悪い。
「・・・そういえば、俺が風邪で寝込んでて、ユキがお見舞いに来てくれたことあったよな? 確か小6の冬だ。目が覚めたら目の前にお前の寝顔があってびっくりしたっけ」
その時の情景を思い出したのか、要が可笑しそうに言う。
確かにそんなことがあった。一週間経っても登校して来なくて、不安になって家まで見舞いに行ったんだ。でも、要は薬が効いてるのか眠っていて、ベッドの傍らで様子を見ているうちに、いつの間にか眠ってしまって・・・。
「ずいぶんと気持ち良さそうに寝てたよな」
「でもちゃんと心配してた! 要全然起きないから!!」
思わず起き上がって反論してしまった。暗がりの中なのに、彼の視線と容易にぶつかり、「しまった!」と思う。
「うん、知ってる。ユキ、ベソかいてたもん」
「かいてない!」
「かいてた。嬉しかったから覚えてる」
要は椅子の背もたれを前にして、その背もたれに両腕を預けた格好で僕を見ていた。左右に投げ出された足が嫌味なくらいに長い。彼は僕から片時も視線をそらさなかった。その瞳は魔力でも秘めているかのように僕の視線を拘束して放さない。
「なんか、二人きりで話すの久しぶりだな。最近俺避けられてたし。宮野のことで気を遣ってくれるのはありがたいんだけど、もう少し普通に接してくれてもいいんじゃない?」
余裕をたっぷりと含んだ声。要が僕をからかう時はいつもこうだ。すらすらと言葉を羅列して、返答に詰まる僕を意地悪く見つめてくる。僕は耐えきれなくなって、再び頭から布団をかぶってベッドにもぐり込んだ。
「できない!」
思わず叫ぶ。
もう限界だ。これ以上要と二人きりでいたら、僕は隠しきれない。要は鋭い。どんなに隠そうとしても、きっとすぐに見破られてしまう!
怖い。この気持ちを知られてしまうのが。けれど、伝えてしまいたいとも思う。大好きな想いも、押しつぶされそうな不安も、洗いざらい、全て打ち明けてしまいたい。
矛盾してぐちゃぐちゃな感情。自分でも歯止めのきかない欲望。言葉にできないもどかしさが、涙となって溢れ出した。
もうダメだ。急に泣いたりして、要は不審に思うはずだ。
僕はベッドの闇の中で、最悪の結末を覚悟した。この気持ちがバレて、彼が僕から去って行く最悪な結末を―――。