終わらない僕ら
【7】 KANAME
「行ってあげたら? お見舞い」
宮野が唐突にぽつりと漏らしたその言葉に、俺はピクリと肩を揺らした。
午後5時30分。学校から程近い場所にあるハンバーガーショップの店内は、学生たちでごった返していた。
俺と宮野は、窓際の比較的静かなカウンター席に並んで座り、コーヒーを飲んでいる。
雪弥に宮野との交際宣言をしてから、約1ヶ月が過ぎていた。
想いを断ち切ると決意したのは自分なのに、一向に雪弥への気持ちは変わらなかった。
むしろ宮野と付き合っていると思い込んでいる雪弥は、俺に気を遣っているのか休み時間や放課後まで俺を避けるようになり、余計にフラストレーションが溜まって行く。
去年クラスが別々になった時の、どうしようもない焦りがまた再発しそうだ。想いを断ち切るのは、これまで通りの関係を続けるためなのに、このままでは友人としての雪弥まで失ってしまいそうで怖い。
しかも、昨日から雪弥は学校を休んでいる。風邪を引いたようなのだが、一昨日の様子では体調が悪そうには見えなくて・・・。
「心配なんでしょ?」
宮野が悪戯っぽく微笑んで顔を覗き込んでくる。
「あいつ、風邪引くとやたら長引くんだ。高熱出して、見舞いに行ってもしばらくはウンウン唸ってるだけで会話すらできなかったりするんだよ」
「でも一昨日までは元気そうだったのよね? もしかしたら、他に何か理由があるのかもしれない・・・」
コーヒーの紙コップを静かに揺らしながら、宮野が意味ありげに呟いた。彼女は時々、こうやって俺の心に揺さぶりをかけてくる。俺を試しているのか、単なる無意識でのことなのかは分からないが、ひどく不安を掻き立てられる。けれど、俺も負けてばかりはいられない。
「行ってもいいの? 行かないでって引き止めてはくれないんだ?」
仕返しとばかりに、俺は宮野の視線を捉えて不敵な笑みを浮かべた。彼女がそんな口車に乗せられるような性格じゃないのは分かっているけれど。
「引き止めるくらいなら最初からお見舞いなんて言わないわ。私も気になっているの。最近彼、元気なかったから」
「元気がない?」
「何か悩みがあるんじゃないかな? 今はあまり一緒に行動してないんでしょ? 頼りたいはずのあなたがいなくて、一人で思いつめているかもしれないわよ?」
俺のおふざけには一切無反応で、宮野はさらに追い討ちをかけて不安を煽る。
一人で思いつめている? 何を―――?
どうして俺に打ち明けない? 絶交したわけでも、ケンカしたわけでもないのに。
「今日はもう帰るから、彼とちゃんと会って話をした方がいいと思う」
「でも・・・」
「ケンカしてるわけじゃないんだから、友人として、お見舞いくらい行ってもいいんじゃない?」
やはり宮野には何でもお見通しらしい。時々彼女には俺の心の声が聞こえているんじゃないかとすら思うことがあってドキリとしてしまう。
しかし、それにしても今日の彼女は何だか様子が変だ。どこか態度にトゲを感じる。俺に対してというより、宮野自身に対して。
「何かあったの?」
鞄を掴んで立ち上がろうとした宮野に小さく尋ねると、彼女が驚いたように瞳を見開いてこちらを見た。「どうして?」と瞳が無言で語りかけてくる。
彼女にもう一度座るよう促すと、俺はコーヒーを一口すすった。
「宮野の方が思いつめた顔してる。何か悩みでもあるの?」
しばしの沈黙の後、彼女は俯いたまま口を開いた。
「・・・私のせいだから・・・」
「宮野のせい? 何が?」
何が宮野のせいなのか、皆目検討がつかない。
「真中君を苦しめているのは、私なの」
予想だにしなかった言葉に頭が追いつかない。何故ここで雪弥が出てくる? 宮野は一体何を隠している―――?