緑の季節【第三部】
式場は出たものの、まっすぐマンションに戻る気にはならなかった。
頭を冷やすには気候は充分寒かった。
ネクタイを外し、ポケットにねじ込んだ。
その代わりに携帯電話を出し、沙耶香の番号を選んだ。
発信。
耳に呼び出しの音が聞こえた。
(えっ、繋がる?)
慌てて電話を切った。
沙耶香の父親との約束もある。
今は声を聞いちゃいけない。
覚士は、そう思った。
緊張と混乱の思いで食事も乾杯の酒すらも口にできなかった覚士は、通りがかりの喫茶店に寄った。
「コーヒー、いやオレンジジュースを」
ウエイトレスに告げると椅子の背に体を預けて深く息をついた。
そのまま眼を閉じると純白のドレス姿の沙耶香が浮かんだ。
そしてあの涙の沙耶香も。
今までこんなにも心を重くしたことがあっただろうか。
里美が亡くなったときの悲しみは深かったが、覚悟もあった。
覚士は、答えの出せない自問を頭には巡らせては深く息をついた。
「お待たせしました」
オレンジジュースを運んできたウエイトレスの声に眼を明けた。
「あ、どうも」
ストローを使うことなく、冷えた体の中を冷たいものが流れるのがわかるほどグラスから一気に飲み干した。
グラスに残ったまだ大き目の氷をひとつ口の中に含むと、再び椅子にもたれた。
携帯電話が、胸ポケットで響いた。
(沙耶香・・)
《電話、なあに?》
覚士は、戸惑った。
どう返せばいいのだろうか。
だがこのまま、返信しないと無視しているように思われないか、と。
《ごめん。また改めて連絡します》送信
再び、沙耶香からのメールに少し気持ちが晴れた。
《正直、びっくりしました。今はもう沙耶香は落ち着いています。だから心配しないで。連絡待っています》
覚士は、口に含んでいた氷を噛み砕くと、席を立った。
店を出た覚士は、まっすぐ家路に着いた。