緑の季節【第三部】
宴もほぼ順調に進行し、終盤を迎えた両親への花束贈呈の時、沙耶香の瞳から大粒の涙が零(こぼ)れた。
「新婦様の想いが溢れたのでしょう。美しい涙とともにご両親への感謝の花束贈呈です」
司会の女性のアナウンスといかにも場を盛り上げるBGM。
(できない。渡せない。私、嘘ついてる。おかあさんどうしよう。おとうさんごめんなさい。こんなにしてもらったのに、私、違う。このままこの花束渡せない。言わなくちゃ・・)
沙耶香の母は、沙耶香に自分用に持っていた真っ白なハンカチを手渡した。
「しっかりしなさい。皆様の前よ」
(わかってる。でも聞いて)
沙耶香は母の肩に凭(もた)れ掛かるように囁いた。
「お母さん、辞めたい」
「えっ。何?」
母も小声で聞きかえしてきた。耳を疑うかのように。
「辞めたいの」
「どうしたの?本気なの?」
沙耶香はこくりと小さく頷いた。
沙耶香の母は隣に居る沙耶香の父の腕を引っ張った。
「どうした?」
「沙耶香が辞めたいって」
夫婦の息とでもいうような小声にもかかわらず、事態の把握はできたようで、父親である男性は、ゲストの方にきちんと向き直るとモーニングコートの襟をパンと正すと、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。誠に勝手ではございますが、沙耶香が長時間の緊張のせいか体調が思わしくなく、わたくしどもへの花を渡すに至りません。本日ご列席頂きました皆様には後日改めてご説明と謝罪する所存でございます。どうかこのまま私たちの退席をお許しください。すまんね。至らぬ娘で」
会場は一瞬にしてざわめいたが誰も席を動けなかった。
ゲストと新郎・新郎の両親に丁寧に頭を下げた沙耶香の父は妻とともに娘を抱えるようにサイドの扉から退場した。