緑の季節【第三部】
言われたとおりに のこのこと顔を出していいものか?
どう挨拶すればいいんだ?
お祝いはいくらするんだ?
ダスティンホフマンの映画のように沙耶香を連れ去れとでもいうのか?
沙耶香は、このことを知っているのか?
そんな自問自答も日が近づくにつれて、考えられなくなっていった。
それなのにその日が訪れた朝は、目覚ましを仕掛けてもいないのに いつもより早く目覚めてしまった。
先日、理容院にも行き、礼服を整え、今支度しようとしている。
覚士にとっては、何かが自分を支配しているような思いだけだった。
式場の前まで来て、覚士はやっと自分の意識を認識した。
(このまま帰るべきだ。でも、席が用意されているということは、お祝いの金封だけでも出したほうがいいかな。受付だけなら会うことはないだろうし・・・)
覚士は、なるべく顔をあげることなくその式の受付を探した。
(この時間なら親族はみんな挙式に出席しているはず、友人か誰かに渡せばいい)
「本日は、おめでとうございます。これを」
「はい。こちらに記帳をお願いします」
「いえこれは、必要ありません。代理の者ですから」と振り向き帰ろうとした時だった。
「真壁さんですよね」と女性が呼び止めた。
「いえ、人違いですよ」
「真壁さんなら披露宴にお連れしないと。伯父様に頼まれているもの。さあどうぞ。
こちらに」
どうやら、沙耶香の父親の縁者らしいその女性は、少し強引に覚士の腕を掴むと会場へと向かった。
途中、挙式を終えた一団が来たその中に沙耶香の両親も居た。
「あ、伯父様。捕まえちゃったわよ」
モーニング姿の沙耶香の父親は、覚士に一礼して近づいてきた。
「よく来てくれたね。今、式を終えたよ。沙耶香はとても綺麗だった。さあ披露宴で見てくれ。案内しよう」
覚士は、返す言葉も祝う言葉も出せぬまま、彼の後をついて行った。