緑の季節【第三部】
仕事に復帰して一週間ほど経った頃、昨年の秋に結婚したあの『独身貴族』と言っていた同僚・武田から飲みに行かないかと誘われた。
「どうだ、落ち着いたか?」
「ああ、すんなり溶け込めたよ。お前こそ、まだ新婚さんがまっすぐ帰宅しなくていいのか」
彼はグラスを覚士に持たせると、カチンと当てて「おかえり。またよろしくな」とビールを飲み干した。
「奥さん、今マタニティーブルーとかで、少し早い里帰りさせた。だから今独身よ」
「なんだよ、寂しくって誘ったのか」
「違うぞ。俺はお前と飲みたかったんだ。まあ一人飯も寂しいんだけどな」
覚士も出向先での付き合いは、どこかお客さん扱いの落ち着かなさがあったが、入社以来の友人は腰を据えた安らぎがあった。
二人は、つまみもほどほどにビールを口にすると、話も滑らかになってきた。
そのうち、武田ののろけ話も出始めた頃、こんな話にもなった。
「俺、奥さんが実家に帰っているってだけで寂しいのに 真壁はずっと一人のままで辛くないのか?まだ再婚はしないのか?」
「再婚っていっても相手があってのことだし、寂しいと言っても手の届くところに居るわけじゃないから仕方ないしな」
「そりゃ体に悪いぞ。男盛りがオンナっ気なしは。遊んでる様子もないし。男が貞操(みさお)を貫いてどうする」
「おいおい、酔ってるのか。まあそのうちな」
男同士の話もそろそろお開きになり、それぞれが誰の待つことのない家路を帰った。
部屋に戻った覚士はぼんやりと携帯電話を手にして、沙耶香へメールをしようか迷っていた。
(卒業式は終わって、もう卒業したはずだよな。いつ戻って来るんだろう)
結局、そのままメールすることはなかった。