緑の季節【第三部】
道は、比較的空いていた。
沙耶香は、覚士から渡されたマンションの鍵を手に握ったまま尋ねた。
「ねえ、あの部屋って他にもお部屋あるんでしょ。奥の部屋とか」
「うん、リビングが広いからワンルームのようだけど2LDKだよ。あの時のように沙耶香はリビングに寝なくても大丈夫」
「お泊りできるかな?」
「無理だね、きっと。親の許可を取るのはたぶん難しいと思うけどな。まあ会えるだけでも、ね」
沙耶香も微笑みながら納得した様子で覚士を見て頷いた。
慣れている街は走り易かった。
沙耶香の家へも迷うことなく向かうことができた。
沙耶香は少し不満げな様子だが、その日は、きちんと送り届け、親にも挨拶をして帰った。
その後も会う約束は交わすものの、急な予定変更ですれ違いになることもあったが、メールや電話でふたりはその距離を埋めていた。
なかなか会えない沙耶香と過ごす為、5月の連休の予定を立てようと覚士は沙耶香に電話をした。
「もしもし、沙耶香、休みはとれる?」
「うん・・でも・・」
電話の向こうの沙耶香の言葉は歯切れのいいものとはいえなかった。
「都合悪いのかな。どうしたの?」
「うん、家族で出かける予定になってるんだって。私知らなくて、ごめんなさい」
「そう。ずっと?」
「うん、そうなる。私が学生の時は、作品制作とかでできなかったし、卒業して家に戻ったから両親は楽しみにしてるみたいで」
沙耶香の声は、いつもの明るさはなかった。
「ほら、沙耶香のいつもの元気は?いいじゃないか、楽しんでおいでよ。いっぱい楽しんできた土産話待ってるから、ね。そうか、ちょっと残念だけど、仕方ないな。僕は僕で親孝行でもして過ごすよ」
覚士は、期待通りに進まなかった話に少しテンションを上げて答えたが電話を切った後、ため息が出た。