緑の季節【第三部】
次の日、覚士は、引越しの日以来、顔も出していなかった実家へと出かけた。
「ただいま」
「はい。ご無沙汰してたわね。もう家の中は片付いたの?」
「ああ、ありがとう。ほとんどしてあったから助かった。元気そうだね」
「ええ、元気よ。それで、今日は何?何か話がありそうね」
母親とは勘がいいのか、それとも落ち着きのない様子でもしているのだろうか。
「立ち話じゃなんだから、お茶でも入れてみようか。お父さんにも声掛けてらっしゃい」
「ああ」
覚士は、急な展開に少々戸惑いながら、隣室の父親に声を掛けに行った。
のっそり現れた父親とお茶の用意をしてにこにこしている母親とを前にリビングの
ソファーに腰を下ろした。
「向こうでの仕事は順調だったのか。まあ予定通り帰ってこられたのならいいか」
「お父さん、ちょっと覚士の話を聞きましょ。仕事の事はそれから、ね」
覚士は、ぼそぼそっと話し始めた。
「実は、今、付き合ってる人が居て、先方には、近々挨拶にも行こうかと思っているんだけど、」
「ほおっ・・」
「お父さん、とりあえず最後まで聞きましょう。で」
「で、っていいかな?って。そろそろ里実の親にも話をしておいても」
「母さん、もういいか」
どうぞ、といった仕草で母親は頷いた。
「やっとその気になったか。里実さんのご両親も気にかけてくれているようで今年の年賀状にもそれらしいことが書き添えてあったよ。『良縁の有る無しにかかわらず、少しこちらのことは忘れて過ごして欲しい』とかなんとか。なあ、母さん」
「ええ。ほんとうに私たちより貴方の事気にかけてくださっていて。むこうのお母さまにも少しほっとしていただけそう」
覚士は、話が自分よりも先を進んでいることに苦笑しながら、質問ばかりになってきた両親に沙耶香の事を話し始めた。
「また、若いお嬢さんと付き合ったものだな。早く会いたいな」
「まあ、僕としては連れて来る前に、あちらの親に会っておきたいからその後で。ということで了解してくれるとありがたいな」
覚士は、冷やかし交じりの両親と久し振りにゆっくりと語らった。