陰謀
二十分余り歩いただろうか。湖に突き出した岬の突端まで行くと、そのボートが砂浜に乗り上げているのが見えた。そこまでは更に十五分程度は歩くことになる。肌寒い空気に包まれ始めた遊歩道を歩きながら、彼はもう一枚羽織ってくれば良かったと思った。上空が俄に騒がしくなった。野鳥の群れが塒へ帰る時刻になっていた。
ボートの近くまで来た彼は、そこで思いがけなく美しい女性の姿を目にした。美森真里衣だった。
彼女は今まで湖で泳いでいたのかと思うほど、その白い肌は潤って見えた。また、こんこんと湧き出る泉を連想させる澄んだ目は、一切の隠しごとを許さない洞察力を感じさせた。
「美森さんでしたね」
真里衣の小さな手には摘まれた野の花があった。微笑む彼女はそれを差し出しながら、
「プレゼントです。よろしくお願いします」
「ありがとう。こちらこそよろしくお願いします。きれいな花ばかりですね。この辺りにこんなにきれいな花が咲いていたなんて、初めて知りました」
花の束を手渡された刹那、中富は木立の向こうからの強烈な閃光を浴びた。次いで車のエンジンが始動する音と、急発進して行く音が聞こえた。