陰謀
「竹村だ。彼女に別荘の場所を教えた。美森真里衣にだ」
「ほんとうですか?困りますよ」
初老の竹村は中富の担当者でもある。髭面でずんぐりとした体型の竹村以外には、中富は秘密の別荘の所在地を知らせていなかった。
「恐らく今日か明日には、そこへ行く筈だ。そうすれば受賞第二作を書き易くなると思った」
「困ります。彼女が目の前に現れたら、却って書きにくくなってしまいます」
「そんなことはない。それに家政婦が必要だと思った。ひとりきりじゃ不便だろう」
「でもね、書き続けるためにはこのほうがいいんです」
「俺は必死で彼女を説得した。その努力を尊重してくれ」
通話が切れた。
「竹村さん!竹村さん!……」
*
それから数時間が経過した。別荘から見える湖の岸辺を、中富が歩いている。いつの間にか桟橋から消えたボートを探していた。時々釣りを愉しむための、白い手漕ぎのボートである。朝は桟橋に繋いであったのを記憶している。それが、夕方近くになって対岸の山に西日が隠れたとき、中富が窓から見るとそれは消えていた。