陰謀
陰謀
美森真里衣という名前の若い家政婦は、その美しさで有名だった。彼女は、いつもみずみずしい。いつも、入浴直後の印象だった。とてつもなく清らかで、とんでもなく可愛い、魅力的な娘だった。誰でもがその姿を絶賛した。中富聖也は彼女と出会ってから一秒の十分の一という速さで、墜落した。恋のさなかに。
今年の夏から中富聖也は天才的な、カリスマ小説家と認められることになった。晩春に或る新人文学賞を受賞すると、急遽大手版社から刊行された彼の処女作は、空前のミリオンセラーとなった。
彼は世間に顔を晒したくなかった。彼はどんな人気俳優をも凌ぐ美男子で背が高く、いつも云い寄る女たちから逃げ回っていた。彼は女が苦手だった。だが、スクープ写真週刊誌に、彼の顔写真と住居のマンション名が掲載された。その軽薄な雑誌も、空前の部数が増刷され、たちまち売り切れた。以来ファンの女たちが包囲し、マンションの周囲には化粧品の匂いが漂った。彼は夜逃げをするようにそこを脱出した。
中富は大手家電メーカーの社長の、一人息子だった。話題の写真週刊誌が全てのメディアで取り沙汰された直後、彼の父が偶然急死した。
彼は社長の座を継承したくはなかった。彼は小説だけを書きながら、生きて行きたかった。
先月から秘密の別荘で、中富は小説を書こうとしている。小説の中のヒロインは勿論あの、美森真里衣である。小説の中で彼女と、中富は旅に出ることにした。現在はシチュエーションとプロットを練っているところだ。
天才的な新人作家として、彼が認められるに至ったのは、彼女を作中に登場させたからである。文章で表現した彼女は非常に魅力的で、作品を読んだ者は誰でも作中の彼女に恋をしてしまうのかも知れなかった。