盗んだ顔
一年前のあのとき、須藤は風見を騙して半ば拉致したのだった。風見に彼の妹を誘拐したと云い、すぐに車に乗らなければ風見彩芽の命を奪うと脅した。
須藤が風見の妹を拘束している場所とした場所が、アフリカ大陸北部のサハラ砂漠だった。実際は数日前に盗んだクルーザーの中で彩芽を殺害し、須藤は日本近海に彼女を沈めていた。
その日、風見と共に二十三時半発のエミレーツ航空の飛行機に乗るために、須藤は関西国際空港へ盗んだ車で向かった。日本を発つと経由地であるドバイ空港内で休憩し、午前七時半過ぎ発のモロッコ行きの便に搭乗した。モロッコのカサブランカ・ムハマド五世国際空港に到着したのは、数時間後のことである。そこからカサポートのホテルまでは電車で一時間の移動だった。
須藤は風見と共に翌朝までホテルで眠り、朝食後盗んだ4WD車のレンタカーに風見を乗せ、砂漠の中を夜中まで走り続けた。帰りの燃料は充分に積んで出発した。走行距離は片道約千キロメートルに近かった。須藤は少なくともその周囲数十キロ以内には、誰一人存在しない砂漠の中で背後から風見を射殺した。夜明け近くまで車に備え付けのスコップで須藤は砂に穴を掘り続け、顔を潰した風見の遺体と銃と『須藤隆一の遺品』を深い穴に埋めた。埋葬が終わる頃、都合良く砂嵐に見舞われ、完全犯罪は見事に完成した。