恋冷ましの花
宿の女将が語った『恋冷ましの花』の伝説、それはこんな恨み節で終わっていた。
そして優也と夏帆は、胸が切なくなるこんな悲話を聞いてしまった。
夜ともなり、どうも寝付きが悪い。寝返りを何回も打ち、悶々とした一夜を過ごす。
そして、夜が白々と明けた。
二人はもうこうなればということで、眠ることを諦め、早めに床から抜け出した。そして朝の散歩代わりに、怨念の滝へと出掛けた。
盆が過ぎたとはいえ、時節はまだ夏。したがって、気温はまだそこそこ暑いはず。
しかし、そこにはひんやりとした霊気が漂っている。その上に湿りがあり、薄暗くて陰気。なぜかぞっとするくらい肌寒い。
そんな陰鬱(いんうつ)さを破るように、滝が十メートルの落差で落ち、轟々(ごうごう)とその響きを轟かせている。
そしてその滝壺はどこまでも深く、濃い青さで波打っている。
こんな滝壺の底深くへと、夕月は夫・作蔵の亡骸を抱きかかえながら身を投げ、そして沈んで行った。その無念さが、深遠な滝壺から白い水煙と共に舞い上がってきている。
そして、今にもその手が……、水面下から、にょっきりと現れてきそうだ。
「優也、なんとなく怖いわ。やっぱり怨念の滝なのよ、夕月の恨み辛みを感じるわ」
「ああ、本当だね」
朝早く歩いてきた二人。何かに威圧されてのことなのか、こんな会話しかできない。そして、今、怨念の滝を前にして、二人はその神秘の凄さに絶句し、茫然と突っ立っている。
時折吹く朝の風が滝の靄(もや)をしばし晴らす。そんな時に、滝の奥の崖まで見通せる。
目を懲らせば、可憐な白い花が群生している。
そして、それらは恐怖とも言える雰囲気を和らげてくれる。
「優也見て、あそこの白い花……、綺麗だわ」
夏帆が水しぶきの向こうに見え隠れする、花の一群を指さす。
「あれらが恋冷ましの花だよ。あの根っ子を煎じて飲むと、恋の熱が冷めてしまうんだよね、きっと」
「そうなのね」
夏帆は深く頷いた。