恋冷ましの花
作蔵はその日薬草を問屋に届ける予定がありました。それでその足で、お琴を旦那さまのもとへ連れ戻すことにしました。
「お琴さん、作蔵がお家まで道案内させてもらいますので、御安心下さいね」
夕月は心配そうにしているお琴をなだめました。お琴は殊勝に「よろしくお願いします」と頭を深く下げました。
「だけど、この山奥から町への道のり、喉も乾くでしょう、このお茶をお持ち下さい」
お琴の恋は薬草・恋冷ましでとっくに冷めてしまってます。しかし、その効き目は、家に着くまで持たなければ意味がありません。
もし効き目がなくなれば、また奉公人の孝吉を追い掛けることにもなり、元も子もありません。
夕月はそれが心配で、恋冷ましのお茶が入った竹筒をお琴に渡したのです。
しかし、その心配の度が過ぎたのでしょう。夕月はついつい口を滑らしてしまうのです。
「お琴さん、昨夜、恋冷ましのお茶を飲まれて、恋の熱はもう冷めてしまったのですよ。もう元に戻らないように、恋冷ましのお茶をこの竹筒にも入れておきましたから……。帰り道でも、時々これで喉を潤されて、気持ちをより確かなものにして下さいね」
お琴は最初これを聞いて驚いた様子でした。
だけどすぐに、「はい、ありがとうございます。孝吉との恋はもう終わりましたから……、また新たな恋でも見付けますわ」と冗談ぽく返ってきました。これで夕月は安心をしてしまったのです。
お琴は元々気ままな性格で、意地悪な娘でした。一方作蔵は働き者で、背が高く、なかなかの美男子でした。
お琴は作蔵に送られて山を下りて行く道中、思い始めたのです。
「夕月に、なぜこんな良い男が? 山奥に住む女、夕月なんかに私負けたくないわ」と。
お嬢さん育ちのお琴、今まで何でも手に入れてきました。そして今、作蔵を自分のものにしたい。そんな欲望を膨らませてしまったのです。
お琴は作蔵に可愛く話しかけます。
「ねえ作蔵さん、喉が乾いてるでしょ。このお茶を飲んで下さいね」
愛する妻がお琴のために用意したお茶。作蔵は、そこに恋冷ましの薬草が煎じられて、入っているとは思いませんでした。
大事なお嬢さんを連れての道案内、作蔵は緊張したのか喉が渇いていました。「ありがとうございます、いただきます」と、それを飲んでしまったのです。
その結果、不幸なことが起こってしまいました。
これにより作蔵の妻・夕月への愛情が冷めてしまったのです。
そして作蔵はお琴の甘い誘惑に引っ掛かり、お琴の虜(とりこ)になってしまいました。