恋冷ましの花
優也も夏帆も、怨念の滝、これを耳にして、急に興味が湧く。
「それって、どんな滝なんですか?」と、優也は目を見開き、女将の顔を見る。
「まだ世間の皆さまには、よく知られていないのですが……、この川の上流にあるのですけどね」
「へえ、この上流に、そうなんですか、怨念の滝がね」
優也も夏帆は怨念と言う言葉に、なにか因縁めいたものを感じた。そんな二人の表情を窺(うかが)ってから、女将は座ったまま少しにじり寄ってくる。
「その滝の付近に、夏の終わりに咲く花があるのですよ。今がちょうど見頃かも知れませんね」
優也と夏帆、意外な話の展開に、「へえ、それって何という花?」と同時に聞き返した。すると女将は小声で、もったいを付けるかのように、しかしさらりと囁き返す。
「恋冷ましの花、ですよ」
「えっ、恋冷ましの花って?」
夏帆は好奇心がそそられたのか、「それって、どんな花なんですか?」と聞き耳を立てる。
「大きさは三センチくらいでしょうかね、真っ白でね……、可愛い花なんですよ」
「今、たくさん咲いているの?」
二人は鵜の目鷹の目で、もう止まらない。
「それは薬草なんですが、夏の終わりの一時だけ、そうですね、今がその時季で、きっと咲き乱れていると思いますよ」
夏帆は間髪入れずに、「何の薬草?」と訊く。優也も夏帆も興味津々で、女将の言葉にもう耳をダンボに。
すると女将は、もう話したでしょ、という面持ちで一言だけ口にする。
「恋冷ましですよ」
確かにそうかも知れないが、優也と夏帆はもう一つ理解できない。
「怨念の滝とか、薬草の恋冷ましの花とか、何か伝説でもありそうですよね。もし良ければ、それを話してもらえませんか?」
優也は女将に頼んでみる。
「もちろん言い伝えはありますよ。だけどあまり幸せな伝説ではないので、仲の良いお二人さまには、ちょっと……、よろしいのですか?」
女将が口ごもりながら確認する。優也と夏帆はこれに声を合わせて、「ぜひお願いします」と催促した。
「あまり話しはうまくないですが、じゃあ」
女将はぽつりぽつりとではあるが、語り始めた。