恋冷ましの花
暗くて青々しい怨念の滝。
それを覆い尽くすかのように、咲き乱れていた白い恋冷ましの花。優也と夏帆は、滝壺に向かって夕月の成仏を祈った。
そんな夏の日から三ヶ月の月日が流れた。そして、今、二人はテーブルを挟んで向かい合って座っている。
信じ難いことだが、テーブルの上には離婚届の用紙が置かれている。
「ねえ優也、もう良いでしょ。私たちの関係に終止符を打ちましょう」
夏帆は口を開き、あっさりと告げた。不思議なことに、優也はそれに淡々と答える。
「ああそうだね、二人はもう燃えなくなったしね。……、どこに印鑑を捺せば良いの?」
「ここよ」
あれだけ仲の良かった優也と夏帆。一体どうしてしまったのだろうか?
二人はあの怨念の滝を訪ねた。そして恋冷ましの花に包まれ、夕月の怨念を浴びてしまった。二人に呪いがかかり、優也の夏帆への熱が冷めてしまったのだろうか?
それとも、夏帆がこっそりと持ち帰ってきた恋冷ましの花の根っ子。
夏帆はそれを煎じ、優也に飲ませてしまったのだろうか?
しかもそれは……夏帆の企み通りに。
いずれにしても離婚は成立してしまった。
それからそう月日が経たないクリスマスの頃だった。
優也は街で見てしまった。他の男の腕にぶら下がり、楽しそうに歩く夏帆を。
まことに幸せそうだ。
そう言えば、夏帆は確かによく優也の腕に絡んできた。
しかし、よく眺めてみると、今の夏帆の方が男の腕への絡み方が深く、活き活きとしている。
「そうか、夏帆はあの男と……、ずっと以前から付き合っていたのか」
夏帆の虚像を真実と思い、もっと愛を育(はぐく)もうとしていた優也。今日、夏帆の実像がはっきりとわかった。