緑の季節【第二部】
事務所に戻る時に里山が覚士に話しかけた。
「いいな、そこ結構人気の店なんですよ」
「ん」
「どなたと行かれるんですか?今、注目でしたよ。ふふ」
照れ笑いともつかぬ表情のまま、口を閉ざしたまま通路を歩いた。
ここへ来てから仕事上で言葉を交わす人の名すら曖昧な現状の中、誰を誘うも決められるわけもなく、かといって、ルールとかでチケットの社内譲渡は駄目と聞かされた。
事務所の席に戻ると とりあえず札入れに入れた。
帰り道、相変わらずのサイドメニューを買いにコンビニに立ち寄った。
支払いのために札入れを開けるとチケットが目に入った。
店を出て小さな袋をぶらぶら持ちながら頭の中に誘えそうなリストを広げて家路を歩いた。
部屋の前まで来たとき、胸ポケットで携帯電話のバイブレータが着信を知らせた。
部屋の鍵を鍵穴に差しながら左手に持った携帯電話にメールが届いたことを確認した。
メールと解れば慌てることもないだろうとそのまま鍵を開けると部屋へ上がり、窓を開け放した。
買ってきた発泡酒を冷蔵庫に入れると、ネクタイを緩め、スーツを脱ぎ、上着はハンガーに吊るし、スラックスは折り目を整えて整理ダンスの上部の引き出しに挟み込んだ。
長年のひとり暮らしの中で取り入れた知恵とでもいうのだろう。