熱病<Man>
しかし。
薬局の順番待ちの間に考える。
私と彼は恋人同士という訳ではない。
単に仕事で知り合って、たまたま家が近かっただけだ。
(近いと言っても自転車で30分ぐらい。彼は車があるが、私は車を持っていない)
何で私なんだろうか。
…まぁ、多分友達うちで一番家が近いのが私だったんだろう。
実際私の友達の中でも、彼の家が一番近い。
そこで名前を呼ばれた。
自分のじゃない名前を呼ばれて返事をするなんて、変な感じ。
「ただいまー…って言うのもおかしいな。薬もらってきたわよ」
「サンキュ」
「熱はかった?」
「さっき、病院で」
「何度」
「40度ぐらい…ギリギリそこまではいってなかったけど」
「……インフルエンザじゃないよね」
「違うみたい…あ、マスクそこにあるから使えよ」
「いいわよ、マスク苦手なの…花粉症の季節だけでいいわ、あんなの」
彼が少し笑った。
「何か食べる?食べないと薬飲めないわよ」
「うーん…何も食べたくない」
「まぁ、40度もあればそうか…」
「喉痛いし」
彼の額に手をやると、冷却シートは既に彼の熱を吸い込んでぬるくなっていた。
テーブルの上に置かれている箱から1枚取り出し、彼の額のシートを剥がす。
新しいシートを貼った瞬間
「ひえっ」
と彼が呟いた。そのリアクションが面白くて笑うと、彼が軽くにらんだ。
「冷たいでしょ」
「冷たくて気持ちいい……恋人だってここまでしてくれないよ…普通、出してくれても『自分で貼り替えて』じゃないか?」
「……」
私は黙って、ぬるくなったシートを捨てた。
「あと脇の下と脚の付け根の、ももの内側の所に貼るといいんだって」
「そこも貼ってくれる?」
「そこは自分で貼って」
2人で笑った。
「……あ、今更だけど…もしお前に恋人いたらヤバいな、ひとり暮らしの男の部屋に来させるなんて」
「ホント今更ね。いないからいいわよ、いたら来ない…あなたこそ、こういう時に来てくれる恋人いないの?」
「いたらお前呼んでない」
「だよね」
さらっと笑って返しながら、彼の何気ない言葉が心の中で小さくひっかかっていた。
「呼んでない」…という事は、あのメールは「私を呼んで」いたのだろうか。
…深く考えるのはやめよう。期待すると大きく裏切られる。