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千歳ちひろ
千歳ちひろ
novelistID. 29762
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無題(仮)

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 だがその一方で、母船とのコンタクトも取れないこの状態で、あんな危険な獣がいる場所に一人ぼっちで置き去られるのは絶対に嫌だった。彼に出会うまでの間まったく気がつかずに無防備に歩いていたことを思い返すと、今でも震えが追いかけてくるくらいなのに。
(どうしよう……)
 どう言えば、彼に不信感を抱かれずに、彼と行動を共にすることが出来るだろう。更に言うのなら、あれを探すのを手伝ってもらいたい、だなんて。まるっきり虫が良すぎる、それは判っているけれど。
 考えあぐねてちらりと向けた視線の先で、ヴェインは淡い笑みを口元に浮かべたまま、じっとこちらの返事を待っている。琥珀色の瞳と目が合った瞬間、ある考えが浮かび上がってきた。
 正直無理がありすぎると思う。実際のところ恥ずかしすぎる。だがそれでも、今のところ他に方法が思いつかない。
 学んだ知識を総動員してそれらしい言葉を組み立て、ソラは一度咳払いをしてから先ほどのヴェインと同じように胸を張った。彼の堂々たる体躯に比べれば貧弱すぎる身体だが、それでも精一杯威厳を感じさせられるように。顔のほうは既に、構える必要もないくらいに強張っていた。
「我が名はKK、神々との古よりの契約により、デバイスを探し出すためにこの地に遣わされた巫女なるもの。はるけきかなたより長き旅の果て、使命によってこの地にたどり着いたのです」
 どうにかつかえることなく一息に言い切って、ソラはともすればひきつりそうになる顔を無理やり引き締め、ヴェインの顔を見つめる。一秒、二秒、無為の時間が流れて。
(……ですよねー無理ですよねーひぃぃぃぃもう恥ずかしいってば、なんでひょっとしたらうまくいくかもとか思ったんだ、私-------っ!)
 今すぐここから、走って逃げたい。
 心の中では盛大に悲鳴を上げて転げまわりつつ、しかしもう後に引くことも出来ずに、ソラはほとんどやけくそじみた挑戦的な目線をヴェインに送りつけた。とはいえ、どうしようもないくらいに顔は真っ赤になってしまっていたが。
 まじまじと彼女を見つめていたヴェインの口元が、不意に大きくつり上がった。
「なるほど、探索中の巫女か。それなら納得できるな」
(通っちゃった----------!?)
 おおらかな笑顔と共にそんなことを言われて、思わず目を見開いてしまう。いや今の、自分でもかなり無理があると思ってたんですけど。いったいどの辺りを指して、納得できたというのか。
「お前の着てるようなものはこの辺りじゃ見かけねぇ。それに、しばらくお前のこと見てたんだが……お前、なにかに守られてるだろ」
「へ?」
 意味不明の指摘に思わず疑問符を浮かべたソラの手を、ヴェインはふいに指さした。
「お前の手が触れる前に、ものが動いてた。お前がその神によって不可侵の守りを得ているってのなら、よく判る」
「……あ!」
 それは確実に、分厚く展開させていた電磁フィールドのことだろう。直接この世界のものと触れあうことがないように身にまとっているそれの効果は、確かにそんなものの存在を知らない人間から見れば神秘的に映るに違いない。古くからよくいわれる言い回し、発達しすぎた科学は魔法と見分けがつかない、というそれが、今ほど実感できた試しはなかった。
「しかし……お前の郷里じゃ、巫女を一人で探索に出すのか? それもなにかの託宣があっての話なのか? だったら俺が口出す筋合いじゃねぇが、いくら神の加護があるからって、無防備すぎる気もするんだがなぁ。実際お前、あの獣の襲撃に全然気づいてなかっただろ」
「ええと……」
 実際本当に気づきもしていなかったので、どうにも肩身が狭い。どう答えるか瞬時迷って、ソラはしおらしく見えるように肩を落として俯いてみせた。
「その……護衛の者は、全て命を落としてしまって……」
 最初からいないと口にしてしまったら、彼は着いてきてくれないかもしれない、そんな計算が働いたのだ。はたして、彼は痛ましげに眉を潜めた。
「そうだったのか……そりゃあ気の毒にな」
「はい……」
 弔いの証なのか、そうソラに告げながら彼の手がゆらりと規則性を持って動く。俯いたまま視線だけ上げてそれを記憶に納めつつ、ソラはどう話を切り出そうかタイミングを計る。
(さっきの話を素直に信じちゃうなら、神のお告げ的なこといっても信じてくれそうな気がするけど……でもなんていうか、あんまりそういうこと言いたくもないし、やっぱりストレートに力を貸して欲しいっていった方がいいかな。でもこの人も別にやることがあるみたいだし断られたら微妙にダメージ受けそうだしていうか断られるわけには絶対いかないんだし)
「よし、判った! なら俺が、お前を護衛してやろう!」
「……ええっ!?」
 なんだこの急展開。いやそれをお願いしようとしていた身には、確かに願ったり叶ったりの申し出ではあるのだけれど。そんなあっさりと決めてしまっていいものなのか?
「勿論お前が、迷惑じゃなければだけどな。しきたりや禁忌にかかるものじゃないなら、是非そうさせてくれねぇか?」
 それはこちらの台詞なわけだが。脳裏を飛び交った渡りに船とか闇夜の灯りとか大海の木片とかかもねぎとかいう言葉を思わず頭を振って払いのけ、ソラはそれでも無意識に縋るような目でヴェインを見上げていた。
作品名:無題(仮) 作家名:千歳ちひろ